第63話

 あまり遅くならない内に、ミーナを村に送り届ける。


タナさんから事情を聴いていた村長さんは、俺の顔を見ると、奥の部屋に何かを取りに行き、それをテーブルの上に載せて包みを開きながら、俺に向かって頭を下げた。


「ミーナを宜しく頼む。

これは少ないけれど、ミーナの持参金だ。

魔法教師の件は非常に助かる。

なるべく早く、その人が住む家を用意するよ」


包みの中には、金貨が5枚入っていた。


「そのお金は受け取れません。

何故なら、本来は俺の方で支払うはずのものだからです。

そう思って、既に用意してきました。

お収めください。

結納金、金貨50枚です」


「50!」


100枚でも少ない気がしたが、こんな田舎の村で多額のお金が動いたことが他に漏れると、良からぬ者達を呼び込みそうだからと自重した。


俺の畑の番犬(?)として、エルダーウルフを常駐させようとしたのだが、ミーナにそう提案すると、2つの意味で止めた方が良いと言われたからだ。


1つは、村人の中には、魔物を異様に怖がる人達が居ること。


もう1つは、森から出て来るゴブリンやオークまで俺の従魔に狩らせてしまうと、村人達が自衛するための能力を得る機会まで、奪ってしまいかねないこと。


森には入らず、村の中で1体や2体の小物と戦うくらいなら、それ程危険を冒さずに訓練ができるからだ。


エルダーウルフには、この村も護らせようと考えていたので、それができなくなった以上、余計なリスクを冒したくはなかった。


「・・冒険者って、そんなに稼げるの?

あなた、確かGランクだったわよね?」


ミーナの母親が、呆然としてそう尋ねてくる。


「今はFランクに昇格しています。

まあ、運が良かった面もありますね」


「婿殿はかなり優秀なんじゃ。

あんたも余計なことを周囲に口走るんじゃないよ?」


「・・分りました」


「これ程の大金、本当に貰っても大丈夫なのかい?

これから何かと物入りだろうに・・」


村長さんが、果たして受け取っても良いものかどうかを迷っている。


「『孝行のしたい時分に親はなし』

俺には既に両親がおりません。

稼いだお金で何かをしてあげたくても、出世して喜ばせてやりたくても、もうそれが叶わない。

だからせめて、これから身内になるミーナのご家族に、その気持ちの一部をおすそ分け致します」


「「「・・・」」」


しんみりしてしまった場の中で、ミーナが俺の手をぎゅっと握ってくれた。



 色々と準備や周知もあるだろうから、2日後に迎えに来ることを告げて、村から出る。


町に戻って、帰宅したエレナさんを含む3人で、いつもの店で夕食を取った後、浴室で2時間の訓練をして、大森林の探索に出かける。


『マッピング』で生ずる地図に穴を作りたくはないから、広大な大森林を縦横に進むので、縦方向の歩みは非常に緩やかだが、それでも着実に地図を拡げている。


この辺りで出て来るグレートボアには、町の付近で偶に狩る物の倍以上の大きさがあり、ランクも1つか2つ高い。


その分、1体でかなりの肉が取れるから、見つけ次第狩っている。


そして希に、野生の黒豚にも遭遇し、こちらは魔物でないが同じ理由で積極的に狩る。


何故なら、その肉の需要もる事ながら、この黒豚は質の良い薬草を選んで食べるからだ。


薬草採取係の俺にとっては天敵なのだ。


『名称:エルダーオーク

ランク:I

素材価値:肉が高く売れる(希に貴金属を持っていることあり)』


そしてこの黒豚の近くには、結構な確率でこいつらが居る。


仲間意識でもあるのか、もしかしてこの黒豚が彼らに進化でもするのかは分らないが、とにかく出会うと美味しい相手には違いなかった。


金色の点を見つけてその側まで近付くと、3人分の人骨と、錆び付いた武器や装備、身分証の類が散乱していた。


二十数枚の金貨や銀貨も落ちている。


十年以上は野ざらしにされていた感があった。


ここまで来られるという事は、それなりに強かったはずだ。


亡くなった理由は、魔物に負けたのか、それとも食料が尽きたのか。


この大森林の厄介な所は、奥に行くほど魔物の強さが増すこともあるが、何より方向感覚が狂って帰り道が分らなくなる点にある。


『マッピング』がないと、ほぼ攻略は不可能だ。


目印を付けながら進んでも、強い魔物に遭遇して逃げ惑うようなことがあれば、それでもう終わりだ。


この大森林は、縦横に広く、大きい。


横幅だけでも、少なくとも日本列島以上の長さがあるのは間違いない。


アイテムボックスを持たないパーティーなら、迷って10日も進めば、食料を現地調達しない限り飢える。


『造作』で地面に穴を掘り、遺骨だけでも埋めてやった。


本来ならそこまでしないが、ここまで来れた者達に対する敬意を表して。


その後も約6時間以上を探索に費やして、8本の剣と5つの装備を拾ったところでメールが届く。


『 おめでとうございます。

『大森林のお掃除』イベントをクリア致しました。

報酬である『何処でもお風呂』のスキルを付与致します。

このスキルは、DランクからSランクまでの5段階あり、今後も大森林でのお掃除を続けることでランクが上がっていきます。 』


よし!


やっとだ。


俺がこのスキルを欲しかった最大の理由、それは、これがあればパーティーを組んで探索ができるということだ。


排泄とは縁がなく、2、3日は風呂に入らなくても我慢できる俺と違って、女性陣はそうもいかない。


アイリスさんが居れば、『何を甘っちょろいことを言っている。1週間や2週間くらい、風呂に入らなくても死にはせん』と鼻で笑うだろうが、俺は仲間の女性達には常に美しく清潔であって欲しい。


1日1回か2回、トイレや入浴のために家まで帰ることは可能だが、転移魔法陣のある町外の場所から家まで移動するのにも時間が掛かる。


最悪、トイレは生活魔法でどうにかするにしても、入浴だけは戻らないといけない。


皆もう子供じゃないから、森林内で偶に見かける湖や泉で水浴び、という訳にはいかないのだ。


水中に棲む魔物だっているしね。


それに彼女達の裸は、俺以外には誰にも見せたくない。


そこまで考えて、はっと気が付く。


・・町外に設置した転移魔法陣を、自宅の空き部屋に移せば良いだけじゃないか。


「・・・」


イベントを開始した時は、まだ家を手に入れていなかった。


それに、身内ではなく、外部の人間と臨時パーティーを組んだ時は、自宅に入れるのは嫌だ。


転移魔法陣を教えることはできないから、そもそもそれは無理なんだが、『何処でもお風呂』があれば、入浴くらいはさせてあげられる。


嫌な相手でなければね。


そう考えて、自分を納得させた。

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