第55話

 「お前と1度、剣の手合わせをしてみたかった。

残念ながら、ここには本気になった私の相手ができる者はいないのでな」


本部に到着するなり、訓練場に連れて行かれ、鉄剣を渡される。


「長剣のスキル自体はアイリスさんの方が上ですが。

それにこれ、木剣じゃないですよ?」


「強さとは、スキルだけで決まるものではない。

それは刃を潰してある訓練用だから、当たっても骨折くらいだろう。

お前なら無傷の可能性が高い。

木剣だと、途中で折れるからな。

さあ、ゆくぞ」


彼女が構えを取る。


俺は自然体で彼女の攻撃を待った。


それから約30分、一方的に攻め続けるアイリスさんの攻撃を、防御に専念して受け流す。


彼女の技は洗練されているが、敏捷と器用の値は俺の方がずっと高いので、躱すだけなら訳ない。


「・・さすがに、防御に専念したお前から1本取るのは無理か。

しかも、あの時見たステータスより更に上がっているように感じる。

一体どういう訓練をしているんだ」


呆れたように笑う彼女。


「今度は私が受ける。

好きに攻めてこい」


「俺が本気で攻撃したら、この剣でもあなたを殺してしまいますよ」


「むう。

ならば少し手加減してくれ。

・・よもやこの私が、こんな言葉を吐くとは思いもしなかったぞ」


そう言いつつ、何だか嬉しそうだ。


「では、アイリスさんと同じくらいの速度と力で攻撃しますね」


「頼む」


最初の10分は我流の攻撃で攻め、次の10分で、先程彼女から学んだばかりの剣技を披露する。


そして最後の10分を、帝国の騎士達が使っていた剣技で攻めた。


「・・最後の剣技は何処で覚えた?」


息を切らし、汗を大量に流したアイリスさんが、俺を睨む。


「以前、帝国兵と戦った時に」


彼女が俺の目をじっと見つめる。


「・・嘘ではないようだな。

しかし驚いたぞ。

王国中でも、帝国の剣技を知っている者はそう多くない。

もう50年以上、休戦状態が続いているからな。

お前は何処で帝国兵と戦ったのだ?」


「ここに来る前、帝国領を通過することがありまして、その時、少し騎士達と揉めたんです」


「若いのに随分と経験豊富なんだな。

もしかして女性経験もか?」


「え!?

・・さすがにそっちはまだ若輩の極みでして」


「嘘を吐くな。

少なくとも、エレナとはそういう仲だろ?」


「彼女を知っているのですか?」


「勿論。

騎士団に居た頃から、あいつは相当に持てたからな。

能力的にも高かったので期待されていたんだが、アメリアの弟の件があって、彼女が半ば強引にあいつを除隊させたんだ」


「アイリスさんだってかなり持てるでしょ?」


「私はそうでもない。

憧れはあるのかもしれないが、一般的な男性が、女性に対して求めるものに欠けているんだ」


「?」


「分らないか?

愛想とか、包容力みたいなものだよ」


「そんなものですか」


俺は容姿と性格、能力の方を重視したいけどね。


「さて、汗もかいたし、シャワーでも浴びよう。

案内するよ」


剣を返し、訓練場に併設された施設ではなく、彼女の執務室に案内される。


部屋に入るとドアの鍵を掛けた彼女は、俺の腕を取り、大きな机の更に後ろにある、奥の扉を開ける。


そこには、大きめのベッドと衣装ケース、鏡台などの他、小さな浴室があった。


「・・・」


直ぐに逃げようとしたが、彼女が俺の腕を強く握って放さない。


「心配するな。

ここで襲ったりはしないよ。

私だって、処女はもっと雰囲気のある状況で散らしたい。

今回は単に汗を流し合うだけだ」


「俺は別に、汗をかいてなんかいませんが」


「そう言うな。

私の全てを見て、その上でお前に判断して貰いたい」


「何をですか?」


「私がお前に相応しいかどうかをだ」


「・・その話、まだ続いてたんですか?」


「失礼な奴だ。

私は冗談であんな事を言ったりはしないぞ」


「俺は愛のない結婚はしないと言いましたし、既に4人も候補者がいるのです。

だからちょっと・・」


「私の容姿では気に食わないか?」


「いえ、容姿は好みです」


「これでも着瘦せするんだ。

今からそれを見せてやる」


「・・・」


「それに私は、お前をかなり気に入った。

将来的には是非とも夫に迎えたい。

婿になれとは言わないし、妻を何人娶っても文句を言わない。

暫くはお試しでも良いぞ。

その間に関係を育む」


「アイリスさんは貴族ですよね?

そんな適当な付き合いで良いんですか?」


「子爵だからそんな大した家ではないし、貴族の結婚なんて元からいい加減なものだよ」



 結論から言うと、俺は押し切られた。


どう言っても納得しないような気がしたし、容姿は好みなのだ。


ミーナのようにかわいいタイプでもなく、エミリーのように清楚と色気が混合した感じでもなく、エレナさんのように大人の色気を醸し出すタイプでもない。


サリーは気品のある秘書系の美女だし、それらの女性と異なり、アイリスさんは一見無愛想に見えるが、話すと実は面白い。


表情は豊かな方ではないけれど、俺に自分を分って貰おうと努力する、健気なところがある。


そして脱いだら確かに凄かった。


そんな訳で、今後は時々彼女の剣の訓練相手になりながら、交友を続けていくことになった。

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