第53話

 「これからどうしますの?」


「取り敢えず町に帰りたいんだけど・・」


転移魔法陣を使わないと、ここからだと明日のエミリーとの訓練に間に合わない。


俺だけなら、回復魔法を使いながら全力で走れば何とかなるかもしれないが、彼女では絶対に無理だ。


今日会ったばかりの彼女に、転移について教えるのはリスクが高過ぎる。


でも、これからずっと仲間として過ごしていくなら・・。


『自分が相手を信じなければ、何も生まれない。

たとえ言葉が通じなくとも、雰囲気でそれが相手に伝わってしまうんだ。

誰彼構わず信じようとするのは危険でさえあるが、友人として、異性として、仲間として欲しいと思う相手には、リスクを取ってでも心を開かねば、何も始まらない』


仕事で苦労していた時の、自省とも取れる父の言葉が思い出される。


サリーの目を見る。


彼女が黙って俺を見つめ返してくる。


「・・君を信じる。

これからのことは絶対に他言無用だ」


「分りました」


彼女を転移魔法陣の前まで連れて行く。


俺以外には魔法陣が見えないから、彼女には何故ここまで移動したのか分らないだろう。


魔法陣の上に立ち、サリーに向かって手を伸ばす。


彼女がその手をしっかりと握る。


そして俺達は、瞬時にゼルフィードへと戻った。



 詳しいことは省くが、暫く口もきけない程に驚いていたサリーを連れて、まだ営業していた公衆浴場へと赴く。


俺は向こうの世界で入れば済むが、彼女はそういう訳にはいかない。


初めて施設の中に入ると、直ぐに受付らしき場所があり、そこで料金を払って男女別の風呂にサリーを入れようとしたら、係の女性が彼女を見て口を開いた。


「宜しければ個室もございますよ?

貸し切りですので、お二人でご使用になれます」


「個室をお願いするわ」


俺が答えるより早く、サリーがそう返事をしてしまう。


よく考えてみれば、貴族にしか見えないサリーに、係の人が一般と同じ風呂を勧めるはずがないのだ。


「2000ゴールドになります」


一般の20倍の料金を取られた。


係の人に案内され、高級感のある扉を開けると、清潔感のある脱衣所と、大人6人は入れる浴室が見えた。


扉に鍵を掛けたサリーは、さも当然のように言う。


「お背中をお流し致しますわ」


「いや、勢いでここまで来てしまったけれど、さすがに一緒に入るのは嫌だろ?」


「どうしてですか?」


「どうしてって・・」


「これはお互いに必要なことですから」


「必要?」


「あなたは今日会ったばかりの私に、最大限の誠意を見せてくださいました。

今度は私がそれに応える番です」


転移魔法陣を教えたことを言っているのか?


「私の裸は決して安くはありません。

異性では夫以外に見せないと誓っていました。

ですからこれが、今の私があなたに対してお見せできる、最大の誠意になります」


「無理にそうしなくても・・」


「嫌ではありませんし、必要なことだと言いました。

秘密というのは、当事者の一方だけが握っていると、お互いの関係に支障が出てくるものです。

私が魔法陣の存在を知り、あなたが私の身体の隅々までご覧になる。

互いの秘密の共有が、2人の関係をより強固なものにしてくれます」


う~ん、分るような、分らないような・・。


「ここまで言って断られたら、私は酷く傷つきます。

私の上司は、度量の大きい人だと信じていますから」


さすがに、そこまで言われてしまうとな。


「分った。

お言葉に甘えるよ」


「?」


「君のような女性と一緒に入れて、嬉しくないはずがないだろ。

紳士というのは、本音と建て前を上手く使い分ける人のことだ」


「フフフッ、それは違うと思いますわ」


お互いに背を向けながら、服を脱ぐ。


『洗濯』のために彼女が脱いだ衣類を預かろうとしたら、真っ赤な顔をしながら差し出された。


「『アイテムボックス』にそんな機能があるなんて、聞いたことありませんわ」


浴室に入ってからは、お互いの身体を洗いながら、色んな話をした。


まだ教えていなかった俺の名前も、ここで伝えた。


確かに、裸の付き合いというものは、心の垣根を取り除くのに一定の効果がある。


これまで、エレナさんやエミリーと入ると、訓練のせいもあって決してそれだけでは済まなかったが、久々にお風呂本来の楽しみ方ができた。


ただ、やはり自然現象までは抑えられず、体を洗ってくれたサリーにそこを指で弾かれて、『ここも素敵ですわ』と微笑まれた。



 風呂から出ると、今度は食事に連れて行く。


もう遅い時間なので、マーサさんの店は酒を飲む冒険者達で混んでいた。


「いらっしゃい。

これまた凄い別嬪さんだね。

・・エレナは知っているのかい?」


「彼女とは今日知り合ったばかりなので・・。

今後は俺の部下として働いてくれるんです」


「どう見ても貴族にしか見えないけど・・。

まあ、大勢を囲うなら、皆と平等に接するんだね」


「勿論です」


「サリーと申します」


「マーサだよ。

この店の主さ」


ここの料理はサリーにも好評で、2人して酒が進んだ。



 食事を終え、サリーの為に貴族でも泊まれる高級宿を探す。


幸い部屋に空きがあり、彼女の要望で1部屋だけを借りた。


「外出先では、なるべく私と修様は同室が望ましいです。

不意の敵襲に備えるためにも」


俺に名字があることを知ったサリーは、俺のことを様付けで呼ぶことを希望した。


「ベッドは2つありますが、どうします?」


「別々で」


「本来ならご一緒したいところですが、私も疲れておりますので、今夜はそうさせていただきます」


下着だけの姿になると、彼女は早々に眠りに就いた。

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