第51話

 ヒュ~ルル、ドーン。


上空から落下する俺を慌てて避けた敵兵達の中に、地面を陥没させながら降り立つ。


「お待たせ。

それじゃあ再戦といこうか」


目と口許しか見えない兜を被った俺は、ゆっくりと周囲を見渡す。


確かに見える。


赤と青、そのどちらでもない存在を。


「・・あれ?

来ないの?」


何だか周囲から引かれているような気がする。


仕方ない。


自分から動こう。


そうしないといつまでも終わらないし。


「・・お前、一体何なんだ?」


敵兵の1人が恐る恐るそう口にする。


「さあ?

こっちの(世界の)俺は、自分でもよく分らないや」


そいつが赤く見えたので、遠慮なく拳を突き入れる。


首が飛んで、後の奴に当たった。


「ひいっ」


青い奴は無視して、普通に見える奴は邪魔するなら動けないくらいに痛めつけて、赤く見える相手を探しながらどんどん倒していく。


もう防御なんてしない。


と言うか、全く必要ない。


この程度の相手なら、どんな攻撃を浴びても掠り傷一つ付かない。


魔法を使ってくる者も居たが、俺の耐性の方が高いのか、やはり何ともなかった。


あっという間に死体の山を築く。


そいつらの装備を回収しながら(今はそんな余裕すらある)、『この死体、腐敗したら疫病とかを生まないかな。村が近くにあるし』なんて考える。


「・・出でよ。

レッドスライム」


戦闘が終了するまで、彼に死体処理を任せることにした。


「ほら、戦う気が無い人達は、後の妨害線まで下がって。

ここに居るととばっちりを食らうよ。

あ、因みにレッドスライムに手を出したら俺の敵ね」


最早こちらを攻撃する意思を持たない、赤以外の者達に、そう告げながら先へ進む。


逃げた人達を除いて半数以上を倒した頃、様子を窺っていた残りの兵達が動いた。



 「・・一体何なんだ、あいつは」


目の前の光景が信じられなかった。


途中までは何とかなるだろうと考えていたが、あの神の仕業としか思えないような出来事の後、たった1人に全く歯が立たなくなる。


陛下からお預かりした兵の半数近くが壊滅し、最早ゼルフィードの攻略どころではなくなった。


俺の大事な初陣が、あいつ1人のせいで台無しだ。


しかも、堂々と自分達の前で戦利品を漁っていた。


もう我慢ならん。


俺が直々に殺してやる。


俺は学園の首席。


ステータスだってIが2つもある。


「皆、俺に続け!

俺が直々に奴を倒してくれる!」


あいつに向かって馬を走らせる。


「「「殿下!!!」」」


周りの側近達が青くなって止めるより早く、彼は戦場に突入して行った。



 『最悪!

最悪だわ!

あの馬鹿皇子、彼我ひがの実力差も分らないの!?

こうなった以上、私も参戦しない訳にはいかないわ。

ああもう、本当に腹が立つ』


「第2魔法大隊は全員私に続きなさい!

敵を倒すより、殿下をお護りするのが最優先!」


欲に目が眩まずに残っている部下達にそう指示を飛ばすと、急いで馬を走らせる。


騎士団の精鋭が壁になってくれているお陰で、何とか間に合った。


「殿下、どうかお下がりください!

失礼ながら、あれは殿下の手には負えません!」


「ふざけるな!

こんな屈辱、俺が我慢できる訳がないだろう!

さっさと魔法で援護しろ!」


駄目だ。


頭に血が上って、こちらの話を聴く気もないようだ。


どう説得しようか迷っていた時、運悪く、壁になっていた騎士が9人連続で倒されて、敵へのルートに空きができてしまう。


「その首貰った!」


剣を抜きながら、殿下が相手に突っ込んで行く。


「チッ」


舌打ちをしながら魔法を連発して敵を牽制けんせいするが、どれも難なく躱されて、相手の回し蹴りが殿下の頭に直撃する。


「「「!!!」」」


一瞬、目の前の光景がスローになったような気がした。


あれでは助からない。


頭が潰れ、首がもぎれそうになった殿下が、馬上からゆっくりと落下してゆく。


「「「殿下ーっ!!!」」」


私を除く側近達が、必死の形相で彼の下に馬を走らせるが、既に後の祭り。


相変わらず、襲う敵を予め決めているかのように戦い続ける彼を尻目に、私は今後どうするかを真剣に考えていた。



 総大将かもしれない、野営地で偉そうに演説していた男を倒した後、急に敵の攻撃が緩んできた。


半ば呆然として、戦場なのに動かない奴まで居る。


そんなことにお構いなく、今後のためにも倒すべき敵を倒し続けた俺の前に、数十の騎兵が立ち塞がる。


赤く見える奴は見当たらないので、無視して他を攻撃しようとしたが、囲まれた。


「・・あのさ、俺としてはお前達と戦うつもりはないんだけど」


「殿下の仇を討たせて貰う」


「残念だけど、お前らじゃ無理だよ」


「覚悟!」


俺の言葉を無視して、全員で襲い掛かって来る。


仕方なく、利き腕や足を砕いて、馬から叩き落とした。


「くっ・・何故だ。

何故殺さない。

せめて一思いに楽にしてくれ」


騎士の1人が、泣きながら文句を言ってくる。


「お前達に罪なき人を殺す大義名分があるように、俺にも決して譲れない理由がある。

それだけだ」


自害しないように、彼らの武器を強引に回収して回る。


凄い目で睨まれることもあるが、気付かない振りをした。


暫く経って、代表者のようなおっさん達が近付いて来て、俺に話しかける。


「停戦したい」


「そちらが提示する条件は?」


「帝国金貨3000枚。

それと引き換えに、現在生き残っている全兵士の安全な撤退を要求する」


「分った。

撤退する兵士に手は出さない」


「金は直ぐに用意する。

引き渡し次第、撤退を開始する」


それだけ言うと、俺の名前を尋ねることすらせずに去っていく。


好都合だけど。


15分くらいで金貨の入った皮袋が3つ届けられ、それを運んで来た内の1人が、こっそり俺に向かって一礼してからきびすを返す。


その後、殺した兵から武器を回収したり、従魔が死体をある程度処理するのを待ってから、砦の方に向かって歩く。


1000を超える兵士の死体を餌にしたレッドスライムは、そのランクをJにまで上げ、一旦俺の下に来て、死体から回収したらしい硬貨や貴金属類を吐き出した。


よくやったと撫でてやると、嬉しそうに身を震わせる。


疫病の件もあるから、死体を完全に処理するまで彼をこの場に残し、ステータス画面を眺める。


鎧ランクの欄にある『ガイア』は、以前のように白抜きの文字ではなく、通常の文字で表示されている。


パーソナルデータは、精神がFになった以外は何も変わっていない。


スキルにも、レア以外では変化が見られない。


魔法は回復魔法がJからIになった。


『ガイア』の横に『解除』のボタンが生じていたので、それをクリックすると、一瞬で装備が元の状態に戻る。


今度は、『解除』の代わりに『装着』のボタンが発生した。


初めての装着の時、頭の中に響いてきた複数の声は、その後再び聞こえることはない。


もしかしたら、あれ一度切りなのかもしれない。


嬉しかったから、少し残念でもあった。


歩みを再開する。


マップ上に映る、1つの白い点に向かって。

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