第50話

 『この皇子、馬鹿なの?』


サリーは極力表情に出さないよう気を配りながら、内心で呆れ返っていた。


幾ら初陣だからって、これはない。


軍隊から規律と統制を取り除いたら、それは只の野盗と同じだ。


第3皇子は陛下の寵妃の末っ子で、かなり甘やかされて育ったと聞く。


同じ母から生まれた子供は皆女性ばかりで、大貴族に嫁いだ姉達も、彼をかなりかわいがっていた。


帝立学園を首席で卒業したらしいが、あそこはその学年の皇族が1人なら、誰でも、どんな成績でも主席になると有名だ。


かく言う私も、3年間、全科目でほぼ満点を取り続けながら、学園史上最高と言われた成績の次席で卒業した。


『それにしても彼、相当強いわね。

最初は何処の能無しなのかと馬鹿にしたけれど、こうして実際に見ると、戦い方が洗練されていてとても美しい。

ここからだと顔がよく見えないのが残念だわ』


サリーは生まれて初めて男性に興味を持った。


『近接戦では私でも歯が立たない。

でも魔法はどうかしら?

彼が魔法を使っているところが見たいわ。

あれだけの才能だもの、1つくらいは魔法を使えるはず』


彼女がそう考えている内に、欲に目がくらんだ兵達が彼に殺到する。


そこからはもうめちゃくちゃな戦いだった。


相手が弱るのを待って漁夫の利を狙う者達を除き、数千の兵が彼に殺到する。


同士討ちすら恐れず、集団で彼を取り囲んで必死に攻撃を繰り返した。


さすがの彼も、数千の兵に囲まれてしまっては、その攻撃をそうそうかわすこともできず、少しずつではあるが消耗していく。


そして、それは起きた。



 『くっ、さすがにきついな。

人が密集して、満足に動くこともできない。

倒しても倒しても、その死体を踏み潰すように次の相手が襲ってくる。

救いなのは、攻撃してくる奴らが皆殺意丸出しで、手加減しないでも済むことくらいだな。

・・つっ!』


後にいた敵に本気の蹴りを放とうとした際、気付いてしまった。


そいつの目に涙が溜まっていることを。


陸に武器を構えていないことを。


大方、人の波に押し流されて、ここまで来たのだろう。


その証拠に、彼の身体がぶるぶる震えていた。


一瞬だけ迷った。


今はそんなことをしている暇はない。


少しずつではあるが体力を消耗しているし、自身に回復魔法を掛ける隙などない。


だが、俺はできるなら種を蒔きたい。


争いの中にでも咲く、強く美しい、決して枯れない花の種を。


『全く知らない海外の土地で仕事をする時、大事にしないといけないのは人の縁だ。

最初は相手にされなくても、たとえ善意の押し付けになろうとも、やがてはこちらを理解してくれる人が出る。

気持ちに応えてくれる人が必ず現れる。

・・そんな人達を辛抱強く待つ、それまで決して信念を曲げない。

それが本当に大切なんだよ』


両親がまだ存命であった頃、家に帰って来てお酒を飲みながら、父が酔った拍子にそう語ったことがある。


後で母から聞いたのだが、その時は、散々苦労した事業に初めて成果が出始めて、現地の人達と手を取り合って喜んだ後だったそうだ。


両親がテロの被害に遭った時、その現地の仲間が必死になって父母を助けようとしてくれたことを伝え聞いた。


新聞にも、両親を助けようとして大怪我をした彼らが、泣きながら両親の死をいたんでくれた記事が載った。


その事が、大きな悲しみと喪失感を塗り潰すような勢いで増大していた怒りと憎しみを、何とか押さえ込んでくれたのだ。


1つの国や集団を、皆一様に判断してはいけない。


一括ひとくくりにして語ってはならない。


その時、俺はそう学んだはずなのだ。


「そらっ、飛んでけ~っ!」


周囲から襲い来る剣や槍を無視して、俺はそいつの腕を摑み、強引に離れた場所まで放り投げた。


肩くらいは脱臼だっきゅうしたはずだが、死ぬよりは増しだろう。


「ぐうっ」


その隙をついて、前後左右から攻撃を受ける。


相手よりかなりステータスが高いから、その剣や槍、斧が、身体に刺さる訳ではないが、小さな傷がつくこともあるし、痛みを感じることもある。


「負けるかーっ!」


己の信念のため、信じる道のため、再度気を奮い立たせようとした瞬間だった。



 ドガーン。


ドカドカドカ・・。


何処かの空間で、飛び散った岩石たちがぶつかり合い、砕ける音がする。


それらに覆われていた様々な装備たちが今、真の姿となって漆黒の光を帯びる。


そして其々が、まばゆい光の玉となって、ある場所へと飛んで行った。



 修が戦う上空に、突然光が満ちる。


何事かと空を見上げた者達は、その光景を目にして絶句した。


天に輝く漆黒の魔法陣。


それが孤軍奮闘する修を上空へと吸い上げ、魔法陣の中心へとえた。


大地に平行であった魔法陣は、修を取り込むと、大地と垂直になるように向きを変える。


魔法陣の縁には、6つの小さな円があり、最後の1つ以外には、其々の中に装備が見えた。


「な、何だ?」


いきなりの出来事に、修が驚きの声を漏らす。


そしてそれに応えるかのように、まるで銃のシリンダーの如く、魔法陣がゆっくりと回転し始めた。


なんじを認める。

我らは汝の身を護る盾』


頭に誰かの声が響いてくる。


それと同時に小円の1つが輝き、俺の身体に漆黒の鎧が装備される。


『あなたを受け入れます。

共に歩んでいきましょう』


次の小円が輝き、俺の腕に漆黒の籠手が装備された。


『お前の意志を尊重する。

その想いを、決してくじけさせない』


同様に、両足に漆黒のブーツが履かされる。


『我らの主よ。

この世の救世主たれ』


腰に漆黒のベルトが巻かれる。


『悠久の時を経て、やっと巡り合えた友よ。

願わくば、朽ち果てるその時まで、お前と共に』


頭部に漆黒の兜が被せられた。


魔法陣の縁に存在する、最後の小円が回ってくる。


そこでメールが届き、ひとりでに開かれた。


『 おめでとうございます。

あなたは完全に『ガイア』を自分の物と致しました。

その報酬として、レアスキルを1段階ずつ上昇させます。 』


ステータス画面が勝手に開き、『鑑定』がBからAに、『マッピング』がCからBに変わる。


『 『鑑定』では今後、あなたの主観、つまりその思想に基づいた善悪判定が自動で行われ、生命を持つあらゆる存在に対して、善は青、悪は赤、どちらにも属さない者はありのままの姿で表示されます。

『マッピング』には新たにダンジョンの表示が加わり、その場所は銀色で示されます。 』


・・何だか凄い機能を貰った気がする。


これで倒す前にいちいち相手を判断しなくて済むな。


『さあ行こう』


『愛する者を』


『世にとって必要な誰かを』


『側に居て欲しい人達を』


『弱きはかなき存在を』


『『『『『護るために!!!』』』』』


全身に力が溢れると同時に、消滅する魔法陣。


その瞬間、あの迷宮の壁一面に並んでいた白骨化した戦士達が、一様に微笑んだような気がした。

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