第49話

 「伝令!

この森を抜けた先に、若い男が1人で立っているそうです。

我々と対峙する意思がありそうとのこと」


それを耳にした第3皇子は、非常に嫌な顔をして言った。


「さっさと踏み潰せ」


「素性を確認しないで宜しいのですか?」


側近の1人が口を挿む。


「時間の無駄だ。

たとえどんな理由であろうと、俺の初陣を汚すような奴を、生かしておく必要などない」


伝令が、その言葉を前方に居る大隊長に伝えに行く。


『一体何がしたいのかしらね?

たった1人で軍と対峙するなんて、獣ですらしないわよ?』


少し離れた場所で彼らの会話を聴いていたサリーは、馬鹿にするように口許で笑みを浮かべた。



 俺を確認するなり、暫くその場で停止していた軍隊の兵士達に、再び動きが見られた。


2体の騎馬兵が、剣を抜いてこちらに向かって来る。


途中で止まるかと思ったが、そのままの勢いで切り付けてきた。


素手で対峙していた俺は、その一方を避けながら、もう一方の腕を抱え込み、地面に叩き落とす。


それだけで相手は動かなくなった。


残った方が、再度馬を走らせて攻撃してきたので、同じ様にする。


あるじを失ったから馬が、何処かに走り去って行った。


・・やっぱりたった1人しかいないと、礼儀なんて払ってくれないか。


溜息をきながら、殺した相手の顔を見る。


「え?」


パーソナルデータを目にして驚いた。


ほとんどJばかりなんですけど・・。



 「!!

あいつ強いぞ」


様子を見ていた大隊長が、部下達に命令を下す。


「殿下がお見えになる前に、絶対にあいつを殺せ!」


騎馬隊が、たった1人の男に対して一斉に動き出す。


そして彼は、信じられないものを見た。


100騎近い兵達が、ほんの数分で壊滅した。


動ける者は誰もいない。


皆ほぼ即死だった。


馬上から叩き落とされ、首の骨を折る者。


乗っていた馬に、地面に落ちたところを踏み潰される者。


馬達はほぼ無傷で、其々が何処かに走り去って行った。


呆然としながらも、このままでは確実に自分の首が飛ぶので、彼も戦いに参戦する。


しかし、直ぐに意識がなくなった。



 弱い。


ただ馬から叩き落しているだけなのに、ほとんど即死してしまう。


女性の兵も居たので、彼女達は地面に叩きつけずに横に放り投げたが、骨折でもしたのか、そこから動こうとしない。


やっとこちらを警戒したのか、一旦攻撃が止まったので、死んでいる兵士の武器だけを回収して【アイテムボックス】に入れる。


あからさまにやったので、先方は少し怒っているみたいだったが、誰かを待っているのか、指示待ちなのか、そこから動くことはしなかった。


十数分して、やっと敵に動きが見られた。


話し合いに来たのかと思いきや、今度は大勢の歩兵が武器を構えて無言で襲って来る。


明らかに殺意がある攻撃をしてきた相手には、こちらも手加減なしで対応する。


でもその攻撃に迷いがある者、剣筋に躊躇いが見て取れる相手には、利き腕や片足を折るなどに留めて、殺すことはしなかった。


数百倒した後、また一時的に攻撃が止んだので、同じ様に武器を回収して回る。


その際、負傷しただけの者達には、こっそりと、『戦いが終わるまで、何処かで倒れた振りでもしていろ』と囁いて、他の人に分らないよう、簡単に回復魔法を掛けてやった。


そうされた皆がびっくりしたように俺を見たが、中には涙を流して喜ぶ人も居た。



 何処かの空間。


薄暗い闇の中、数々の装備を覆っていた岩石に、一斉にパキパキと亀裂が入っていく。


砕ける寸前まできた岩石の隙間から、漆黒の装備たちが光を放ち始める。


それはやがて点滅を繰り返し、その光は今にも弾けそうな程になっていた。



 「一体何をてこずっている!

揃いも揃って、お前達は無能の集まりなのか!?」


やっと森を抜け出した第3皇子は、部下の将から未だにたった1人の敵を倒せていないと聞いて、声を荒げた。


「申し訳ありません。

ですが、想像以上に強力な相手で、2大隊程度の戦力では歯が立ちません。

なので、魔法部隊にお任せしたく・・」


冷や汗をかきながら、師団長が弁明する。


「こんな場所で強力な魔法を使えば、味方にも少なからず影響が出る。

お前はそんなことも分らないほど馬鹿なのか?

相手がこちらに突っ込んで来たらどうする。

後は森林なんだぞ?

そこには輜重部隊だって居る」


敵が森林からあまり離れていないせいで、こちらの戦力が思うように展開できていないのだ。


森に火なんか点いたら、大事な輜重部隊が全滅の危機に陥る。


「・・騎兵に弓を持たせて攻撃させろ。

接近戦でなければ大丈夫だろう」


「はっ」


ほっとした師団長が、更に1大隊の騎兵に弓で攻撃させる。


互いに距離を取りながら、馬で走り回って、様々な角度からたった1人の相手に100を超える矢を浴びせる。


「・・え?」


「・・・」


敵を貫くはずだった矢は、避けられ、手刀で折られ、指で弾かれた。


そうしながら、馬より遥かに速い速度で味方に取り付いた相手は、矢を射た者を飛び蹴りや回し蹴りで屠っていく。


「「「・・・」」」


今回の攻撃は、帝都から同行させた騎士団のメンバーだけで行っている。


兵としての練度や個々の能力は、先程までの私兵や義勇兵とは雲泥の差がある。


なのに、相手に掠り傷一つ負わせられないまま、一方的にその数を減らしていた。


戦闘を眺める者達は、声も出せずに呆然としている。


自分達が強国の兵だということも忘れ、震える者さえ居た。


『まずいな。

こうも一方的にやられては、兵達の士気に係わる。

何よりも、俺の初陣を汚したことが許せない。

・・最早、多少の損失は目をつぶろう。

あいつを殺せればそれで良い』


「全軍に告ぐ。

どんな手段を用いても構わん。

必ず奴を殺せ。

成し遂げた者には、望む褒美を取らせる」


皇子の命令に、側近たちが顔色を変える。


望む報酬!?


財貨ならともかく、平民にまで爵位を!?


案の定、貴族達が連れて来た平民の義勇兵の一部が、目の色を変えた。


「騎士団以外の兵は、一時的に全ての指揮から外れる。

好きに倒して来い。

褒美は奴の首を取って来た者にだけ与える。

早い者勝ちだぞ?」


薄ら笑いを浮かべながらそう口にした皇子を、側近たちは信じられない顔で見つめていた。

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