第48話

 「でもこうして話してみると、源さんて、学校とは全然感じが違うね。

話し方も普通の人みたいだしさ」


「こんな感じの私では嫌?」


「まさか。

寧ろしっくりくるかな」


「西園寺君だけよ。

私が弱みを見せるのも、安心して素を晒せるのも。

・・あなたには、私の本当の姿を知った上で愛して欲しい」


「・・・」


「今はまだ、そこまで真剣に考えてくれなくても良いわ。

これからじっくり時間を掛けて攻略するから」


彼女と話をしていると、少しずつ、ゆっくりと、不安や恐れが消えてゆく。


対等と思える存在だからだろうか?


ミーナやエレナさん達を見下す気なんて全くないが、向こうの世界での俺はチートみたいな能力を持っているから、どうしても彼女達を守護する対象として見てしまう。


護れなかったら、もし俺のせいで失ってしまったら、そう考えると、常に己を高める努力が欠かせない。


もう二度と愛する人達を失いたくはないから。


けど、源さんとはそれがない。


俺の力なんてなくたって、きっと彼女は無事に生きていける。


寧ろ俺の方が色々とお世話になっている。


だから俺も気負いなく、少しくらいなら弱音を吐けるし、不安を漏らせる。


「・・実はさ、ある事で少し迷ってたんだ。

心はそれを望んでいるのに、保身とか未来とかの事を考えて、尻込みする自分がいた。

きっとやる前から、諦めるための理由を探していたんだな。

理想の未来をつかむなら、ある程度のリスクと相応の努力が必要だ。

それを恐れて挑むことをやめれば、いつかは諦観を顔に貼り付かせた、つまらない人間になり果ててしまう。

俺が俺であるために、堂々と源さんの隣に立つために、答えなんか最初から決まっていたのにな。

・・俺、頑張ることにしたよ。

たとえ駄目だったとしても、その方が自分自身に胸を張れるから」


「何をしようとしているのか分らないけれど、命に係わることだけは絶対に駄目よ。

それ以外なら、たとえどんな手を使ってでも、どんな事からも必ず助けてあげるから。

約束よ?」


源さんの声に凄みが加わる。


「ああ」


きっと無事に帰って来るさ。


再び忙しくなったらしい彼女との電話を終え、すっかり冷めてしまった珈琲を一口楽しむと、俺はそっと『ログイン』ボタンをクリックした。



 夜が明けるまで、オルトナ大森林でひたすらレベル上げに励む。


元から高いステータスだから、そう簡単には上がらないが、スキルの練熟度はまだ低いので上がり易いのだ。


換金可能な魔物は倒す側から【アイテムボックス】に入れ、素材にならない魔物はレッドスライムの餌にする。


金色の点は無視できないが、Lランク以下の魔物はほぼ見逃した。


そして今、俺の前には大型の狼らしき魔物が居る。


『名称:エルダーウルフ

ランク:I

素材価値:毛皮が非常に高く売れる』


初めて出会う魔物だが、俺はこいつを殺す気はなかった。


美しい毛並みはお金になるのだろうが、ニエの村で俺が作った畑を護る、専用の従魔が欲しいと思っていたからだ。


村の外れだけあって柵もないし、時々ゴブリンに畑を荒らされることがあるらしいので、ミーナと相談の上、村に置いて貰うつもりだった。


飛び掛かってきた相手に体術だけでダメージを与えていき、陸に動けなくなったところで服従を迫る。


圧倒的だったからか、案外すんなりと従魔になった。


【魔物図鑑】に記載されているのを確認すると、再びレベル上げに励む。


残念ながら長剣のスキルがHになった以外は何も上がらなかったが、グレートボアを6体も狩れたので、満足して帝国領に戻った。



 森林の出口から、村周辺の様子を探る。


まだ日が昇ったばかりの早朝ではあるが、ほとんどの天幕やテントが片付けられ、兵士達が整然と整列している。


誰かを待っているみたいだ。


程無く、村の中から幹部と思われる連中が数名現れた。


その内の1人は、明らかに他とは身分が違うのが分る。


かなり偉そうだし、装備も派手だ。


そいつが兵士達に向かって演説らしきものを始めたのを確認すると、俺は森林の入り口まで引き返した。



 森林から約100メートルくらいの場所に立ち、相手を待つ。


本来なら大勢の身動きが制限される森林内で戦うのがセオリーだろうが、念のため、彼らが何のために軍を進めて来たのかを、戦う前にきちんと確かめねばならない。


俺の後方、約300メートルくらいの場所には、これまでの畑作りや森林内での速やかな移動のために伐採した不要な雑木や、邪魔だった大きな岩が無数に並べてある。


俺を素通りして、騎兵が砦に向かうのを妨げるためだ。


ざっとしか見ていないが、整列していた兵数は1万以上だった気がする。


それを俺1人で相手にしようとしているのだ。


正気の沙汰とは思えないだろう。


俺は多分、そこまでチートではない。


アイリスさんやアメリアさんは、Gランクのものを幾つか持っていた。


ランクが1つ違うとレベルが50以上も離れているらしいが、魔法を含めた大勢の攻撃にどこまで耐えられるかは分らない。


それに、俺は相手を選んで手加減しようと思っている。


『護りの迷宮』で見せられた映像の意味を、自分なりに考えてみた結果だ。


あれは恐らく俺に、『強大な力を得ても、その力に溺れるな』と戒めていたのだと思う。


戦争に参加している兵士達の中にも、戦いたくてその場に居る訳ではない人達が少なからず居る。


義務であったりしがらみであったり、その理由は様々であろうが、個人の意思ではどうにもならないもののせいでそこに立っているのだ。


俺はそんな人達まで無差別に殺すつもりはない。


俺に特殊な空手の技を教えてくれた、亡き師匠も言っていた。


『信念なき技は、只の暴力に過ぎぬ。

現実に負けない理想を突き通すことこそが、移ろい易い正義か悪かを決めるのだ』


だからと言って、勿論、負けるつもりなんて更々ない。


もし俺が負ければ、あの映像で見せられた悲惨な行為が村々で繰り返される。


ここに立つ前、砦や村、町の人達に、帝国軍が直ぐそこまで来ていると知らせようか迷った。


でも、何故それを俺が知っているのかを説明するのに時間が掛かり過ぎるから止めた。


以前のように、騎士団のお偉いさんが来るまで待たされたりして、戦いに間に合わなかったら目も当てられない。


それから1時間程して、ようやく森を抜けて来た軍の先頭と対峙した。

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