第47話

 自宅に帰り、必要なことを済ませてからパソコンの前に座ったは良いものの、俺は未だに決心がつかないでいた。


画面をぼーっと眺めていた際、不意にスマホの着信音が鳴る。


『オリジン』製のウイルス対策ソフトを入れている俺のスマホは完全に迷惑メールを遮断するから、連絡主はたった1人しかいない。


スマホでネットに接続せず、電話代わりにしか使っていないから、知らない企業からメールが届くことはない。


そもそも、この着信音は特別なのだ。


『メールじゃ寂しいから、電話しても良い?』


案の定、源さんからの連絡だった。


『どうぞ』


そう返事を送ると直ぐに電話が掛かってきた。


「こんにちは。

今日も休んじゃって御免ね」


メールと同じで、電話だと、彼女の話し方は少し砕けたものになる。


「色々と忙しいみたいだね。

頑張ってなんて無責任なことは言えないけど、体調には気を付けてね」


「有り難う。

結構神経を使う仕事だから、西園寺君の声が凄い癒しになるよ」


「源さんはいつも大袈裟だなあ」


「むっ。

本当にそう思ってるもん」


「明日は学校に来られそうなの?」


「このまま頑張れば大丈夫。

一緒にお昼を食べようね」


「・・ああ」


「・・もしかして、何か悩み事でもあるの?」


「ん?

どうして?」


「珍しく、声に迷いが含まれてた」


「・・・」


「話せることなら、何でも私に相談してね。

私は常に、西園寺君の味方だよ」


「・・源さんはさ、生きる上で、決して譲れないものって何かある?」


「西園寺君への想いと、自分の信念かな」


「信念?」


「前の方もスルーしないでよ。

これでも本気なんだからね」


「どうして俺にそこまでという、従来の疑問は取り敢えず置いておいて、もし良かったら、その信念とやらを聞かせてくれないかな?」


「自分の心に嘘を吐かないこと」


「嘘?」


「別の言い方をすれば、言葉でも行動でも、自身が思う、望む、求めることに対して素直になるということ。

勿論、欲望のままに、法に触れることにまで手を染めるという意味じゃないよ。

あの時こうしておけば良かった。

ああ言っておけば良かった。

こちらを選ぶべきだったのに・・。

そういった後悔を二度としたくないから、そう決めたの。

恵まれた環境下にいる私だから、こう言えることは分ってる。

生まれた場所や育った環境が、それを許さない人もいるのは理解してる。

でも私の人生は、誰でもない、私だけのもの。

最後に笑って死んでいきたいから、自分だけで解決することなら、妥協はしないわ」


「・・強いね」


「私を支えてくれる皆が居て、今は西園寺君も側に居るからね。

無敵だよ。

でも、西園寺君はもっと凄い」


「俺が?」


「個人の行動と集団の行動とでは、共感の生み易さにおいて非常に大きな差が生じる。

単独の行動は、他者に認知されるまでに長い時間が掛かる上、その大半は自己満足で終わってしまう。

結果が出し難いの。

でも、西園寺君はちゃんと成果を上げている」


「?」


「ストーカーみたいに思われるのは嫌だから、いちいち例を挙げはしないけど、あなたのお陰で周囲の人々は大分助かっている。

何気ない行動の裏に隠された善意に気が付いた人々が、自分も私もと、そうした行動を真似て、周囲に広め始めてる。

自己承認を求めない行動は、現代では非常に貴重で、とても輝いて見えるの」


俺、そんな大層なことしてたっけ?


横断歩道でゆっくりとしか進めないお年寄りがいれば、かれないように後からこっそりその歩みに同調するが、それは車を運転する側から見れば嫌味に映るかもしれない。


道にゴミや空き缶が転がっていれば、可能な限り拾ってゴミ箱に入れるが、それも俺が気になるからというだけ。


街頭での募金活動を目にすれば必ず募金しに行くのも、その対象者を助けるという理由の他に、活動をしている人に達成感を味わって欲しいからだし。


特に小さな子供の場合、努力は報われると教えてあげたいじゃないか。


ハンデを背負う方が困っている以上、手を貸すなんてことは欧米では当たり前に皆がやっている。


客であっても必ず相手には丁寧語を用いる。


それは俺の品性に係わってくるから。


何かをして貰えば基本的にお礼を述べ、サービスされる場では相手の話によく耳を傾けるが、それさえ自分が気持ち良く過ごしたいからだし。


店員さんや給仕担当の方が折角説明してくれるのだ。


スマホをいじるのに夢中で話を聴いていないなんて、勿体ないでしょ。


・・う~ん、本当に大した事してないな。


「今の西園寺君の心境を当ててみましょうか?

『俺、全然大した事してないじゃないか』

そうでしょ?」


「・・・」


「したいからそうしてるという人と、やらなければならないからそれをする人とでは、見る人が見ればその輝きは全く違うわ。

それに多分、私が言った内容は、西園寺君が考えた事とは違うから。

助けられた方はね、手を差し伸べた人以上に、その事を忘れはしないの」


最後の言葉は、他とは含む熱量が相当異なっていた。

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