第46話

 源さんは今日も欠席だった。


一緒に昼食を取って、それとなく話を聴いて貰おうと考えていたが、当てが外れた。


昼休み、購買でパンを数個買って、屋上で食べる。


ぼーっと景色を眺めながら、向こうの世界のことを考えた。


帝国の兵がどのくらい居るのかは分らないが、一国を攻めようとするなら、少なくとも万単位の数を用意するはずだ。


一方、王国の砦には100人もいないと聴いている。


まともに戦えば直ぐに落ちるだろう。


そうなれば、近隣の4つの村は言うに及ばず、ニエの村にも間違いなく被害が出る。


ミーナやタナさん達には予め教えて避難させることもできるが、自分の家以外に行き場のない村人やお年寄りなんかは、もしかしたら俺の話を信じずに残る可能性もある。


何より、長い年月をかけて築いてきた彼らの村が、徹底的な略奪の憂き目に遭う。


ゼルフィードからの援軍は、恐らく間に合わない。


一から戦の準備をするのだ。


到着には、早くても数日は掛かるだろう。


・・向こうの世界が単なるゲームのような味気ない場所であったなら、こんなに悩まない。


さっさと他を切り捨てて、戦争が終わるまで何処かに行っていれば済む。


だけど、俺は知ってしまった。


知り過ぎてしまった。


そこに住む人々は、こちらの世界の住人と何ら変わらない。


きちんとした会話が成立するし、日々を懸命に生きるという意味では、こちら以上かもしれない。


そして、肌を合わせれば温かく、抱き締められれば生命の息吹が感じられる。


両親に亡くなられて以来、久しく得られなかった団欒を手に入れた。


・・最初は、向こうの世界を飽く迄もこちらの練習台として認識していた。


失敗してもやり直せる。


失っても心が痛むことはない。


どうせゲームなのだから。


そんな風に軽く考えていた。


今、改めて考え直してみると、自分は何と愚かで傲慢であったことか。


無意識に偏見を持ち、向こうの世界を見下していた感がある。


ミーナ、エレナさん、エミリー。


彼女達の信頼を裏切りたくなんてない。


常に期待に応えてあげたい。


でも、今回は自分の命が懸かっている。


『護りの迷宮』で1度死んだ俺は、次に死ねば代償を払わないと生き返れない。


億単位の財産があるとはいえ、もし足りなければ、こちらの世界でも死を迎える。


両親を失った直後ならいざ知らず、今の俺はまだ生きていたい。


やりたい事もできたし、源さんとも共に過ごしていきたい。


・・死への恐怖もある。


前回は意識が途切れたと同時に自室の椅子に座っていたから、自分が死んだという事実を深く考えずに再びインできた。


咄嗟のこともあり、やはりゲームなんだと安心したのかもしれない。


だか冷静になって己の死を見つめると、背筋が寒くなるような恐怖ではないが、未来を絶たれるという虚無感に近いものが押し寄せて来て、少し息苦しさを覚える。


死というものを想像でしか認識できなかった以前と異なり、実際に人を殺めたことがある今の俺には、死への過程や死後の状態といった生々しいことまで考えられる。


この世界では源さんと共に歩んでいきたい。


未だ訪れたことのない、憧れの観光地にも行ってみたい。


情報でしか知らない美味しい物を食べてみたい。


読みたい本、聴いてみたい音楽、見たい映画も沢山ある。


そういった望みが、一切絶たれてしまう死という絶望。


俺は、戦って戦って戦い抜いて、やっと死ねるという安堵に近い何かを感じる歴戦の戦士でもなければ、苦しんで苦しんで苦しみ抜いて、やっと自由になれるという安らぎを求める難病の患者でもない。


そう簡単には死というものを受け入れることができない。


覚悟が決まらない。


予鈴が鳴るまで、屋上の風に吹かれながらずっと悩んでいた。

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