第45話
「中に入るのは難しそうかな」
帝国側ほどではないにせよ、王国側にもそれなりにしっかりとした造りの門があり、当然だが、それは閉じられている。
迂回して進むとなると、砦の左右に聳える急勾配の崖から飛び降りるか、それに連なる山脈を超えねばならない。
その山脈への入り口付近も、初めから結構急な登り坂だ。
標高自体は3000メートルもないだろうが、意外に樹木が多く、所々木々を伐採しないと上手く進めないだろう。
帝国側から入って来る商人や民間人用の入り口は向こう側にしかなく、王国内に入る門は現在閉じられている1つしかない。
身体検査などのため、必ず砦内を通行させる仕組みだ。
取り敢えず門を叩いてみる。
「済みませ~ん!」
かなり力を入れて鉄製の門を叩くと、向こう側から声がする。
「もう閉門時間を過ぎている。
火急の用件以外は取り継げない」
取り付く島がない。
開門時間が朝の何時からかも分らず、それまで待っているのも時間の無駄だ。
「よし」
面倒だが、山脈を超えて帝国側へ渡ることにした。
それなりに身体を鍛えた人でさえヒイヒイ言うだろう急な斜面を登りつつ、進路を邪魔する樹木を斧で切り倒して進むこと約5時間、やっと下りに差し掛かる。
道中、さすがにマップ上には金色の点がほとんど現れず、魔物も蛇や鳥類、昆虫の類しか出なかった。
ただ、2つあった金色の点には其々宝箱が埋まっており、こんな場所を通る自分に運営がサービスしてくれたのか、中にはどれも金貨が50枚以上入っていた。
更に、ここで思わぬ収穫が1つ。
『斧』のスキルが付いていたことだ。
これを代償に使えば、帝国側にも転移魔法陣を設置できる。
ニエの村に新たに設置した時、もう一方を特に設けなければ、起点を1つに絞ることができることも分ったので、帰りはゼルフィードの町まで直ぐに跳べる。
ニエの村と帝国領の魔法陣を行き来できるかは、帝国領に設置してみるまで分からない。
登った時より数段速い速度で下山した俺は、翌朝には帝国領に入っていた。
とは言え、まだこの辺りには何もない。
見渡す限り、未舗装の大地が広がっている。
時速100キロくらいで30分程走る内に森林が見え始め、狩りをしながらそこを3時間かけて通過すると今度は村が現れた。
立ち寄ろうとして違和感を覚える。
村の周囲に多数の天幕やテントが設置されていた。
よく見ると、兵士らしき者達が、忙しなく何らかの作業を行っている。
「帝国の兵?」
彼らが村で略奪しているようには見えない。
争っている訳ではないし、塀の外に居る数人の村人達も、彼らに協力的に従っている。
「・・・」
まさか、行軍の途中?
昨日耳にした、ご婦人の話を思い出す。
彼らに見つからないように、俺は直ぐに森林の中に姿を消した。
王国側にある森林の入り口まで戻ると、俺はその付近に『斧』スキルを代償にした転移魔法陣を設置し、一旦【ログアウト】する。
少し考える時間が欲しかったからだ。
自室のパソコン前から離れた俺は、それから必要なことだけをして早めに眠りに就いた。
ロマノ帝国。
総人口約5000万。
建国以来300年以上の歴史を紡ぐ中で、未だに敗北を知らぬ強国。
唯一の引き分けは、数十年前のリンドル王国との戦争のみ。
現皇帝は年齢的なものもあって比較的穏健であるが、その息子達は野心を持ち、かなり好戦的であった。
後継者争いが熾烈を極めた頃、第3皇子が父である皇帝に願い出た。
『私にお任せくだされば、リンドル王国を征服して御覧に入れましょう』
皇帝としては戦争に以前ほど興味がなかったが、第3皇子は自分が最も寵愛する妃との子供であったため、彼女の手前、渋々了承する。
王都に常駐する騎士団の中から、その5分の1に当たる3000、第3皇子に属する派閥の貴族達からの私兵や義勇兵1万で以て、リンドル王国進攻への足掛かりとなる、ゼルフィードの攻略を命じた。
現在、帝国から王国への進行ルートはたったの1つしかない。
自然の地形が他のルートを事実上不可能にしている。
兵数で劣ったリンドル王国が帝国と引き分けに持ち込めたのも、護るべき場所が1箇所で済んだからだ。
今回の戦いにおける第3皇子とその側近達の意欲は相当高い。
勝てば皇子の次期皇帝への道がほぼ決定するのだから。
そんな中で、1人だけ気の進まない女性が居た。
第3皇子派の伯爵家長女、サリー・ダルシアである。
次期当主である弟の代わりに従軍し、魔法大隊の1つを任されていた。
『はあ。
何で私が戦争なんかに・・。
勝っても褒美は家のものだし、負ければ私個人が責められるのに』
見目麗しい彼女は社交界でも評判であったが、その気位の高さと好みの激しさで男性を寄せ付けず、父親が持ち込む縁談も
男の兄弟は1人しかいなかったのだ。
『お風呂にも入れない。
食事は貧相。
周囲にはむさ苦しい男性ばかり。
ほんと、戦争なんかさっさと終わって欲しいわ』
彼女は心の中で文句ばかり言っていた。
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