第37話

 結論から先に述べると、その戦いで俺は1度死んだ。


より正確に言うと、1体を倒した後、もう1体の敵と相打ちになった。


ほぼ全ての能力が俺以上であった2体を相手に、戦闘中に回復魔法を使う余裕などあるはずもなく、満身創痍まんしんそういの状態で戦い続けた俺は、残る1体の頭蓋を砕くと同時に、相手の剣によって胸を貫かれた。


敵が消滅した後、血を吐きながら崩れ落ちる俺。


身体中から力が抜け、意識が途切れる。


気が付いた時、俺は自分の部屋に居た。


目の前には、『まだ続けますか?』と画面に表示されたパソコン。


時計を確認すると、前回のインから3分も経っていない。


慌てて『イエス』をクリックし、蘇生場所を選択して再度ゲームの世界に入り込むと、俺が最後に戦った場所に無傷で立っている。


服装や身体を調べても、汚れ一つ存在しなかった。


ただ、ステータス画面の『蘇生可能数』が0になっている。


「・・・」


暫く迷ってから、恐る恐る先へと歩き出す。


もし今度死ぬようなことがあれば、その蘇生には現実の費用が掛かる。


幾ら請求されるのか分らない上、足りなければ現実世界でも死に至るという事実が、俺の歩みをかなり遅くさせた。


また複数の敵に遭遇したら、戦わずに逃げることも考えている。


もっと強くなってから、再度挑めば良いのだから。


だが幸運なことに、そこからは1体の敵にも遭遇しなかった。


これまでより短い距離を歩いただけで、再び広場に出る。


さも当然のように、頭の中に映像が流れ込んできた。



 青年将校が手紙を書いている。


誰もいない部屋で、非常に滑らかにペンを走らせている。


予め書くことが決まっているかのように、一切の迷いなく文章を書き上げると、それを白い封筒に入れ、そっと机の引き出しに終った。


ちらっと見えた宛名は、彼の両親のようだった。


 中年男性が絵を描いている。


もう少しで完成というところで、彼は絵筆を止めた。


まるで、その絵を仕上げたくないとでもいうかのように。


暫くその絵を眺めていた彼は、筆や絵の具を片付けることなく、静かにその部屋を後にした。


 若い男女がベッドの中でむつび合っている。


お互いに目に涙を浮かべながら、激しく交わっている。


ベッドの反対側の壁には、皺一つない2人の軍服が吊るしてある。


彼らは、これが最後の逢瀬だと言わんばかりに、一言も話すことなく行為に励んでいた。


 壮年の男性は、その妻と思われる女性の前に、離縁状を差し出していた。


相手の女性はまだ若そうに見える。


男性の行いが、彼の本心からのものでないことは、その震える指先から理解できた。


財産分与の目録と共に差し出された離縁状を、相手の女性が泣きながら首を横に振って拒んでいる。


お互いに愛情が尽きた訳ではない。


男性の優しさ、女性の一途な想いだけが伝わってきた。


 農村では、戦の恰好をした少年が、幼馴染と思われる少女に告白をしていた。


『もし生きて帰って来たら、俺と一緒になってくれ』と。


『なかなか言えなかったが、ずっと好きだった』と。


それを聴いた少女は、頬を膨らませると、ぶっきらぼうに言い放った。


『もっと早く言ってよ』と。


『手柄なんて立てなくても良い、情けなく逃げ回っても良いから、絶対に帰って来て』と。


少年は、その言葉を聴いて涙する。


家に戻った少女は、自慢の髪を親に切って貰い、それを神棚に捧げて少年の無事を祈っていた。


 河原に座り込み、時々川に向かって石を投げ込む少年。


『何で俺が・・』


どうやら彼は、病気の兄に代わって、戦地へ行かねばならないみたいだ。


川への投石は、彼の不満の表れでもある。


自分と違い、兄は優秀で所帯も持っている。


だから彼は、召集年齢に満たずとも、親から兄の代わりに行けと言われていた。


病気というのは嘘のようだ。


でも、それでも彼は断れない。


断れば、家に居場所は無いから。


長男が全てを相続する彼の家では、それ以外の子供には教育すら与えられない。


生まれた順番が、その後の全てを決める。


『何で俺が・・。

働くだけで、何もして貰ってないだろ』


少年の投石は、その後も暫く続いていた。


 母親と思われる女性が、手紙を握り締めて泣いていた。


その手紙は、戦地へ向かった息子が残した物のようだ。


その文面を読み進める度に、彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。


どうやら、息子の為にと持たせたはずの貴重な食料まで、手紙と一緒に置いて行ったようである。


僅かに読むことができた文面には、残していく母親を気遣う思いが溢れている。


彼女は、その手紙を最後まで読むことができずに泣き崩れた。



 映像を見終えた俺の心に、1つの意思が浮かび上がるが、現時点ではどうしようもない。


今の俺には、それを実行するに足る力がない。


る瀬無い思いを抱え、先へと進む。


今度は直ぐに、行き止まりの部屋へと辿り着いた。

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