第36話
油断できない相手だった。
向こうは剣や槍、斧で攻撃してくるが、こちらは素手だ。
相手の攻撃が直撃すれば、かなりのダメージを負う。
因みに、こちらの世界の戦闘は、ほぼゲームそのものの理屈で成り立っている。
パーソナルデータやスキルランクが相手より上であれば、たとえ剣や魔法が直撃しても、即死したりはしない。
ゲームでよくある、剣で何度も切りつけているのに、HPが減っていくだけで、相手は五体満足のまま戦い続け、HPがゼロになった途端、呆気なく倒れる、あれに似ている。
勿論、そこには武器や防具の性能も加味されるから、格下の相手でも、数を揃えたり良い武器や防具を装備すれば、格上の敵を倒すことが可能になる。
格上の立場なら、剣の一振りで相手の身体を切り裂き、拳の一撃で骨を砕く。
強力な魔法を使えば、弱い相手は灰すら残らないだろう。
Fランクの敵を相手にした俺は、これまで全て一撃で倒していたのに、2度攻撃しないと完全には倒せなくなった。
2体の敵を同時に相手にすると、向こうの攻撃が掠ることがある。
この世界に来て、初めて死というものを意識した瞬間だった。
何十、百数十と倒す内に、俺の戦闘スタイルに変化が現れる。
純粋な空手ではなくなり、柔道以外の様々な格闘技が合わさったようなものになる。
数百倒して、また新しい広場に出る頃には、俺の器用のランクがFに上がった。
今回流れて来た映像は、兵士同士で戦っているものだ。
自軍の数倍の敵を相手に、必死に戦う兵士達。
善戦虚しく、圧倒的多数の前に、1人、また1人と討ち取られていく。
それでも、その兵士達の顔には怯えや恐れが見られない。
彼らが死の直前に抱いた感情は無念、そしてそれらを代弁するかのような一筋の涙、ただそれだけであった。
新兵のような若者が、軍馬に踏み潰される。
古参の兵士が、周囲から槍でめった刺しにされて血を吐く。
指揮官らしき男性は、飛んで来た魔法で火だるまになった。
誰も逃げない。
1人も諦めようとしない。
己が護るべき者達のために、最後の1人が倒れるまで戦い続けていた。
映像が終わり、俺は広場の壁にずらりと並んだ、白骨化した人々の姿を眺める。
もしかしたら、ここに並ぶ人達は皆・・。
歩みを再開した先に、また敵が現れる。
『名称:ソルジャースケルトン
ランク:E
ドロップ:なし』
「・・・」
その最初の相手以降、無傷で勝つのが難しくなった。
1対1ならともかく、2体だと、度々相手の攻撃が当たる。
何とか倒し終えた後は、一旦下がって、傷ついた身体に回復魔法を使うことが必須になる。
まだKランクでしかない回復魔法を何回も掛け、問題がなくなれば先へと進む。
その繰り返しで百数十体の敵を倒し終えた頃には、この迷宮に来てから30時間以上が経過していた。
ステータス画面を確認すると、力と体力、敏捷の値がEになっている。
体術はD、回復魔法はJに上がっていた。
新たな広場に出る。
案の定、頭の中に映像が流れ込んできた。
何処かの都市。
その様々な場所で、兵士とその家族、恋人達の模様が映し出される。
両親や兄弟姉妹に、誇らしげに見送られる青年貴族。
愛する女性と抱き合って、別れを惜しむ少年兵。
がらんとした独り暮らしの部屋を眺めて、何らかの感慨に耽る兵士。
宿舎で身だしなみを整え、気を引き締める女性兵。
官舎の部屋で、書き終えた書類を整理し、その足で集合場所に向かう下士官。
場面が変わり、今度はある村の様子。
村長を初めとする村人達に、万歳されながら送り出される農民兵達。
妻や子供に泣かれながら、後ろ髪を引かれる思いで戦地に向かう男性。
杭に繋がれた飼い犬の首輪を外し、自分にもしもの事があっても餓死しないように気を配る若者。
ぎりぎりまで畑の世話をし、作物の出来を心配しながら
自分の息子を、諦めた様子で寂しそうに見送る老婆。
戦時の臨時徴収でほぼ空になった
その彼女の後ろには、2人の小さな子供が寝ていた。
「・・・」
これまでの一連の流れから、今まで強制的に見せられてきた映像は、戦争という出来事の一部を、
つまり、映像に出てくる彼ら、彼女達は、戦いに負けて殺された可能性が高い。
問題なのは、何故このような映像を俺に見せるのかということだ。
決してこちらの同情を引こうとしている訳ではないはず。
そんなことをしなくても、戦ってきた相手は十分に強い。
映像に出てくる人々とは全くの別人だ。
先へ進む。
『名称:ソルジャースケルトン
ランク:D
ドロップ:なし』
初めから2人組の敵。
そして俺のステータスの中で彼らと同等なのは、『鑑定』や『マッピング』を除けば、体術のDだけであった。
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