第34話

 「・・あの、どうして?」


「私も一緒に入れて」


「状況からそれは理解できるのですが、理由が全く分らないので・・」


エレナさんはバスタブに近付くと、手桶で何回か湯を被って、俺が慌てて空けたスペースに入り込んで来る。


「・・お祝いよ。

あ、足は伸ばしたままで良いわ」


「それにしては過剰ですよ。

エレナさんの裸はそんなに安くない」


ミーナとエミリーで慣れていて良かった。


このバスタブの大きさでは、大人2人が入るには工夫が必要になる。


彼女の尻が俺の太股の上に載り、その両足は、俺の腰を挟むような感じになっている。


「フフッ、有り難う。

でもやっぱり、もう誰かと経験してるのね?」


「え?」


「女性を抱いたことがあるでしょう?」


「ありませんよ!」


「あら?

それにしては妙に落ち着いている気がするけれど。

・・ここ以外はね、フフフッ」


「そういうエレナさんだって、随分と慣れてそうですけど・・」


「私はかなり無理しているもの。

男性に裸を見せるのなんて、これが初めてだし」


「それなら尚更おかしいですよ。

・・もしかして、アメリアさんの指示ですか?」


「団長は関係ないわ。

修君に魔法を教えるのだって、嫌なら断れたもの。

こうしたのは飽くまで私自身の考えよ」


彼女の両腕が俺の首に絡んでくる。


「私、修君を気に入ってるの。

将来はあなたの女になりたい。

責任取ってくれるなら、今ここで抱いても良いのよ?」


甘い言葉を吐く一方で、彼女の瞳には、まだ理性と知性が共存している。


「エレナさんは凄く魅力的ですが、今は遠慮しておきます」


「どうして?

さすがに第一夫人にしてなんて言わないわよ?」


「その場の勢いではなく、きちんと気持ちを整理した上でないと、そういうことはできません」


「合格よ」


エレナさんが唇を重ねてくる。


熱い舌が割り込んで来て、俺の口内を蹂躙じゅうりんし始める。


「・・随分慣れているのね。

修君のファーストキスは、もう誰かに取られちゃったかな?

・・アイリス団長?」


「いえ、違います」


彼女の体温を直に感じながらの濃厚なキスで、頭がくらくらする。


「何故そう思うのですか?」


「自分のステータスを他人に見せるなんて、普通は恋人や夫婦の間でしかしないもの」


そうだったのか。


「彼女には敵わないから、今の内に予約を入れておこうとしたけれど、どうやら早とちりだったみたいね。

・・好きよ」


再度唇を重ねられる。


「修君の意思を尊重して、これ(キス)以上のことはしないわ。

あなたの気持ちに整理がつくのをずっと待ってる。

その代わり・・もう私を恋人の1人だと認めてね?」


「・・はい」


「独占しようなんて考えないから安心して。

修君なら将来は貴族にだってなれるだろうし、私の他にも、ライバルは多そうだからね」


「今の所、貴族に興味はないんですけど・・」


「修君はそうでも、向こうが放っておかないわ。

『アイテムボックス』だけでも注目されるのに、あなたは成果を出し過ぎている。

魔物や武器類の買い取り部門でも、既に噂になっているわよ?」


「もう少し抑えた方が良いですか?」


「そこは気にしなくても大丈夫。

ただ、ギルドは一見いっけん独立しているように見えて、実は領主様や陛下の息が掛かってるの。

何らかの報告書は、既にあちらに届いている可能性があるわ」


大した事は何もしていないので杞憂きゆうにも思えるが、念のため気を付けておこう。



 『ベッドは1つしかないけれど、泊っていく?』と言われたが、丁重にお断りして夜道を歩く。


今日は理性を揺さぶられる事が多過ぎた。


身体を動かして雑念を振り払おうと、『護りの迷宮』に行こうとしたが、既に門は閉じられていた。


「門の内側に魔法陣を設置すべきだったかなあ。

でもリスクを考えると・・」


周囲を見回すと、城壁の2箇所に階段があり、そこから城壁の上に登れるようになっている。


城壁の高さは5メートルくらい。


俺なら飛び降りても問題ない。


誰も見ていないことを確認し、素早く登ってそこから外へ飛び降りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る