第31話

 『ねえ修、今度からさ、お風呂で訓練しない?』


俺の火魔法によって浴槽から溢れるくらいにお湯が張られた浴場内で、湯に浸かる序でにと魔力循環の訓練を始めた結果、双方にとって予想以上の効果があり、俺は回復魔法を習得し、エミリーさんは総魔力量が結構増えた気がすると喜んだ。


ぬるめに調節した湯の中で、お互いにしっかりと手を繋ぎ、1時間も訓練を続けていると、良い感じに汗が出て、健康にも寄与している感じがする。


時々エミリーさんが悩ましげな声を発し、太股をもじもじさせているような気がしたが、目を閉じているからそれ程刺激は受けずに済む。


汗だくで湯から出て、互いの背中を洗い合い、その後並んで各々で全身を洗った後、後で入る人達のために、新たに水を加えて再度湯に作り変えてから出てきた。


大きな浴槽をお湯で満たす作業はかなりの重労働らしく、俺が居ればそれを簡単に行えるから、エミリーさんのこの提案にも一理ある。


しかも、訓練にも良いとなれば、俺に断る理由などない。


結局、今後の訓練は入浴しながらすることになった。


勿論、回復魔法を覚えたことをきちんと伝えたが、その際、彼女は凄く喜んでくれると共に、目に見えて落ち込んだ。


もう俺との訓練が終わりになるのを悲しんでくれたのだ。


俺の方としても、折角紡いだエミリーさんとの縁をここで途切れさせるのは残念だったので、彼女から言われるより早く、『今後も訓練を続けていきたい』とお願いした。


それを聴いた彼女は、いきなり抱き付いてきて、俺と深く唇を合わせた。


『ここから先は、修の方からして。

私、ずっと待ってるから』


長い時間を経てやっと唇を離した後、エミリーさんは、俺の耳元でそう囁いた。


その言葉は、唾液で濡れた彼女の口許くちもと同様に、少し湿っていた。



 「エミリーさん、これを・・」


修道院を去る時、見送りに来てくれた彼女に金貨3枚を渡す。


「あのさ、もう私のことは呼び捨てにしてくれない?

既にそれなりの仲なんだし、構わないよね?」


「・・分りました」


「敬語も要らないから。

・・それからこれは何?

手切れ金だったら絶対に受け取らない」


「違いますよ。

今後も訓練を続けると約束したじゃないですか。

修道院への寄付です」


「え?

・・でも、この間もくれたでしょう?

昇格したとはいえまだFだし、あまり無理をしないで」


「大丈夫、無理なんかしてません。

偶々、探索で大金を手にできたんです。

それはそのお裾分けですから」


「・・有り難う。

大事に使わせて貰うね」


「ではまた3日後に」


「うん!」


彼女との濃厚なキスを思い出し、それを振り払うように、ギルドへと急いだ。



 エレナさんとの訓練にはまだ大分時間があるので、掲示板で目ぼしい依頼を探していた時、見知らぬ男達から声をかけられた。


「よお、お前まだパーティー組んでないみたいだな。

俺達のパーティーに入らないか?

全員がEランクだから、探索が大分楽になるぜ?」


男女4人居る内の、リーダーらしき男が、馴れ馴れしくそう告げてくる。


「・・折角のお誘いですが、お断りします」


ざっと彼らを調べた際、見えてしまったのだ。


その職業欄に、4人とも『盗賊』の記載が残っているのが。


「そんなに直ぐに決めちまって良いのか?

お前、新人の部類だろ?

Eランクパーティーからのお誘いなんて、そうないぜ?」


「まだ当分1人でやりたいので」


「・・そうか。

女達が騒ぐから入れてやろうとしたが、時間の無駄だったな」


「残念だわ。

うちに入れば沢山かわいがってあげたのに」


「あんた底なしだから、彼が壊れちゃうわよ」


リーダーの隣に居た派手な女性達も、そう言いながら去って行く。


変に絡まれることなく、意外に大人しく去って行ったので、その場はそれで済んだ。



 時間を潰そうとギルドから出て、街を歩いている時にそれは起きた。


市場を通り過ぎ、住宅街に差し掛かってちょうど人気ひとけが途絶えたのを見計らい、先程の4人組が俺を襲ってきたのだ。


素早い身のこなしで、前後左右から切り付けてくる。


俺は咄嗟とっさに前方へダッシュし、短剣を構えた男に跳び蹴りをかます。


こういう場合、大抵の人は前方の敵に意識が集中してしまい、左右や後ろの警戒がおろそかになる。


何人で襲われても良いように、先ずは背後を取らせないことが重要なのだ。


「ギャッ」


顔面に蹴りを食らった男が倒れると同時に反転し、案の定、後や左右からやって来た敵と対峙する。


「誘いを断った腹いせか?」


「お前が結構な金を持っているのは分ってるんだよ。

凄え数の武器を売って、たんまりと持っているだろ?

それを全部寄越せば何もしないぜ?」


「ちょっと、あいつ相当強いよ?

大丈夫?」


「逃げようよ。

さっきの動きを見ただろ?」


リーダーの男とは対照的に、女達は及び腰になる。


「この町から逃げるのに金が要る。

多少危ない橋でも、やるしかねえんだよ」


「でも・・」


「お前達、そこで何をしている!?」


第三者の声がする方をチラッと見ると、衛兵らしき2人組がこちらに走って来るところだった。


「まずい!

逃げろ!」


そう叫んで、剣を握りながらこちらに走って来た男の脇腹に、強烈な蹴りを叩き込む。


「グフォ」


肋骨が折れる感触がして、その男が血を吐きながら崩れ落ちる。


女達を見れば、リーダーがやられて狼狽うろたえている間に、衛兵達に捕らえられていた。


盗賊のくせに、3流もいいところだ。


「そこの君、君にも念のため、詰め所まで来て貰う。

良いね?」


「分りました」


抵抗しても後々面倒になるだけなので、渋々了承する。


「・・こっちはもう死んでる」


女達を拘束した衛兵とは別の1人が、俺が最初に顔面を蹴った男に近付いて、状態を確認する。


「・・こいつもだ。

蹴り一発で殺すなんて、凄まじい破壊力だな」


「状況から考えても、君は被害者のようだから、拘束はしない。

付いて来てくれ」


女達を連れた衛兵にそう言われ、彼の後に付いて詰め所に向かった。

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