第26話

 学校から帰宅して、着替えに洗顔、手洗いなどをしてから、パソコンの前に座る。


今日の昼は大変だった。


まさかあの源さんが、俺に惚れているとは思ってもみなかった。


でもよく考えてみれば、それらしい雰囲気はあったような気がする。


俺の対人経験値の低さ故に、スルーしてしまっていた可能性がある。


確かに、毎日のように2人だけで昼食を取りましょうなんて、何とも思っていない相手には言わないよな。


彼女との関係を台無しにしたくはないから、ゲーム内でもっと対人経験値を積んで自信をつけるまで、友人として側に居たい。


できることなら、あんな素敵な女性とは、ずっと付き合っていきたいから。


今現在、誰か付き合ってる人はいるのかと尋ねられた時、一瞬だけ答えに詰まった。


ゲーム内のミーナは、あくまで向こう側の存在だ。


こちらに連れてくることもできなければ、妙にリアルだが、本物の人間かどうかもまだ分らない。


しかも、向こうの気持ちはともかく、まだ恋人とは言えない関係だ。


パソコンを起動させたまま、暫く考える。


俺が現に生きている世界はこちら側であり、最後の瞬間も、なるべくこの世界で迎えたい。


両親の墓があるし、源さんの俺に対する気持ちが変わらなければ、彼女と暮らしていくのも良い。


・・やはり向こうの世界では、礼儀を尽くし、真摯に生きはするが、あくまでゲーム、この世界で生きるための訓練や練習と割り切ろう。


そう考えると、何だか少し、源さんに対する負い目のようなものが軽くなった。



 「こんにちは。

回復魔法を習いに参りました」


「いらっしゃい。

待ってたわよ」


門の付近で掃き掃除をしていたエミリーさんが、笑顔で中に入れてくれる。


「楽しみで、昨夜はあまり眠れなかったわ」


「それはちょっと大袈裟では」


「そんなことない。

こんな仕事をしていると、若い男性と知り合う機会なんてそうないし、増してやあなたは良い男だもの。

性格も気前も良いし、是非ともお友達になりたいわ」


「修道院のシスターは、男性との交友が認められているのですか?」


「当たり前じゃない。

そうでなければ私が生まれていないでしょ」


「それは確かに」


この世界では、『私の心と身体は神様に捧げています』なんて言わないんだな。


女神様を信仰しているみたいだから、ある意味当然か。


歩きながら話をしていたので、間も無く訓練用の部屋に到着する。


「ちょっとここで待ってて」


俺を部屋に残して何処かへ向かった彼女は、戻って来た時、両手にお茶とお菓子を持っていた。


「好きに食べてね。

さて、それじゃあ始めましょうか。

最初に確認しておくけど、あなたは何か魔法を使える?」


「火魔法をほんの少しだけ」


「あら、やっぱり優秀じゃない。

それなら話が早いわ。

魔法理論とかの話は飛ばして、早速実践に移りましょう。

・・両手をこちらに伸ばして」


言われた通り、対面の椅子に座る彼女に向けて両腕を伸ばす。


エミリーが、修の両手と其々手を繋ぐ。


指と指をしっかりとからめる、所謂恋人繋ぎというやつだ。


「魔力循環というのを知ってる?

お互いの魔力を体内に流し合って、魔力の質を感じ取ったり、魔力が弱い方の総魔力量を高めたりするために行うの。

普通は同性同士で行うのだけど、あなたは特別だからサービスしてあげる」


「現在火魔法の指導を受けている方から、この方法で火魔法を習得しました」


「・・それって、もしかして若い女性?」


「はい」


「ふ~ん。

既にあなたを狙ってる人が居る訳ね」


「そんなんじゃありません。

俺が偶々ある功績を上げたので、騎士団経由でそう頼まれたらしいです」


「どうだか。

この方法は滅多に異性間では行わないのよ?

それこそ、夫婦や肉体関係があるような、特別な間柄の人達だけ。

やったことあるなら分ると思うけど、魔力が低い方には、相当な快楽が生じる場合がほとんどだからね」


「そんな方法で俺に教えたらまずいんじゃ・・」


「言ったでしょ。

あなたは特別なの。

・・前回、あなたが寄付してくれたお陰で、久し振りに孤児院の子供達に贅沢な食事を出してあげられた。

成長期の子供達だもの。

偶には美味しいお肉やお魚を出してあげたいけれど、不安定なポーション収入や治療収入だけでは、なかなかそうもいかないの。

何かあった時のために、少しは蓄えも必要だしね。

・・だから、あなたには凄く感謝してる。

貰った額で、1年はゆとりができたわ」


優しい目をしたエミリーさんから、ゆっくりと魔力が流れ込んで来る。


暖かく、穏やかに、俺の体内を循環し始める。


「ん・・あっ」


目を閉じた彼女の口から、悩ましげな吐息が漏れる。


その顔が桜色に上気し、少し呼吸が荒くなる。


「大丈夫ですか?」


少し心配になり、そう尋ねる。


「平気よ。

それよりしっかりと私の魔力を感じ取って。

身体の悪い所、調子が良くない箇所をいたわるようなイメージで、訓練を続けて頂戴ちょうだい


「分りました」


俺も目を閉じ、訓練に集中する。


「んん・・んっ」


時折漏れる、エミリーさんの艶っぽい声に平常心を保とうとしながら、2時間近く2人でそうして、終わった後に冷めたお茶を頂く頃には、何となく回復魔法のイメージを得られつつあった。

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