第19話

 借りていた時計をエレナさんに返して、その家を後にする。


ファイアボールの極小さなものとはいえ、魔法が成功した以上、彼女の授業は終わりになるはずだった。


あとは実践あるのみだからだ。


上位の魔法も、その初期の魔法を繰り返し使用していく中で、やがて開花する可能性があるらしい。


けれど、そう説明してくれた彼女の表情が何となく寂しそうに見えたので、思い切ってお願いしてみたのだ。


『もう少しだけ、俺と魔力循環の訓練をしてはいただけませんか』と。


それに対する彼女の返事は、『良いわよ。好きなだけ付き合ってあげる』だった。


その笑顔にほっとしながら、暫くは今と同じ週2でお願いすることにした。


家々の灯りが徐々に消えていく夜道を、東門に向かって歩く。


大森林では火魔法の練習ができないし、偶には違う場所にも行ってみたい。


夜道を歩いていて思うが、この町は本当に治安が良い。


酔っぱらいは居ても、チンピラや盗賊の類は表立って見られない。


時々出会う、巡回中の衛兵や騎士達も、皆それなりに品が良かった。


門を抜け、2台の馬車がきちんと走れる程度に舗装された道を駆け出す。


『マッピング』に時々赤い点が生じるが、今は先へ進むことを優先する。


30分程で森に入り、そこからは歩きながら探索し、質の良い薬草の採取や、ランクL以上の魔物を狩る。


人が頻繁に通るからか、大森林ほど木々が密集していないから、接近した魔物相手に威力を弱めたファイアボールを放って何度も練習台にした。


2時間くらいでその森を抜け、また開けた荒れ地に出る。


道に沿って走っていると、やがて村が見えてきた。


もうかなり遅い時間だから、その門は当然閉じられている。


仕方なく、そこを大きく迂回して更に先へ進んで行くと、道の先にまた森林が見えてくる。


「森ばかりだな」


文句を言いつつ、しっかりとレベル上げに励む俺。


ハイゴブリンとグレートボアは見つけたら必ず狩り、薬草の採取も忘れない。


ステータス画面には火魔法Jが追加され、長剣はランクIになった。



 この森に入って4時間が経過した頃、大きな岩石の下に洞窟を見つける。


『マッピング』で見えるまでの距離に、複数の赤い点がうごめいていた。


突然、目の前にメールが出現する。


それを突くと、内容が表示された。


『 任意クエスト

 洞窟の中に居るスライムをテイムせよ。

瀕死まで追い込んだ相手に自分の魔力を流して服従を迫ると、希に従魔となる。

成功すればその魔物は一旦消滅し、【魔物図鑑】の中に入る。

以後は、その魔物を好きな時に使役できる。 』


テイム?


魔物を飼い馴らすのか?


自分が魔物を使っている場面を想像してみる。


う~ん、戦闘では自力で戦いたいけど、ペットとしてならありかな。


取り敢えず、1度試してみるか。


洞窟の中に入って行き、目に付いた1体に剣を差し込むと、呆気なく液状になって死んでしまった。


かなり弱い。


次は軽く剣で斬るが、核でも傷つけたのか、やはり直ぐに死んだ。


試行錯誤を繰り返すこと計7回。


いずれも失敗し、最後に残ったのは、他とは色の違う赤いスライムだった。


剣での攻撃を諦め、魔法に切り替える。


蝋燭に火を灯した時のように、極弱い魔力でファイアボールを当ててみた。


効いているが、死んではいない。


『名称:レッドスライム

ランク:M

素材価値:なし』


まるで積み木崩しのように慎重に慎重を重ねて、最弱のファイアボールを当て続ける。


10発も当てると、ほとんど動かなくなった。


「頼む。

成功してくれよ?」


尻に敷くクッションくらいの大きさのスライムに近寄り、そっと左手を当てて魔力を流し込む。


その途端、スライムの姿がスッと消えた。


ステータス画面で確認すると、これまではタップしても無反応だった【魔物図鑑】が、タップに反応するようにカタログを表示させる。


ほぼ全てが余白であるカタログの隅に、レッドスライムの写真とランクだけが載っていた。


「おお、何か収集意欲をそそられるな!」


・・でも、何で今回だけクエストが発生したのだろう?


何時までも使いこなさないからだろうか。


疑問を覚えつつも、スライムのいなくなった浅い洞窟内で探索を始める。


行き止まりの近くに人骨が2つあり、長剣2本と弓矢の他、身分証と硬貨が数枚落ちていた。


恐らくだが、ここで寝ていて、そこをスライム共に襲われたのだろう。


複数でし掛かられ、顔を覆われて呼吸を止められれば、魔法を使えない者には脅威となる。


これまでに倒したスライム達は、レッドスライムの倍以上の大きさがあった。


他には何もないかと思いつつ、念のため『マッピング』を表示させたら、マップ上に金色の印が1つある。


でもその場所に行くと、只の地面があるだけ。


もしかしてと、剣で地面を掘ってみる。


直ぐに剣先が何か固い物を捉えた。


土中から出て来た物は、小さな宝箱。


開けるとそこには十数枚の身分証と、金貨や準金貨など数十枚の硬貨が入っている。


「・・さっきの人骨、あれは盗賊のものだったのかな」


この森を通る人を、人知れず襲っていたのかもしれない。


中身だけ頂いて、箱は元の土中に埋め直す。


そして直ぐに洞窟を出た。

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