第13話

 「修君、少し付き合ってくれませんか?」


夕方近くにギルドから出ると、俺を待っていたらしいエレナさんが、そう声をかけてくる。


「良いですけど、お仕事の方は大丈夫なんですか?」


「私は早番だから、今日はもう終わり。

おごるから、ご飯を食べながら話そ」


親しげに腕を摑まれて、俺が常連になると決めた店、『冒険者の胃袋』まで連れて行かれる。


「おや、エレナが男連れとはね。

・・さすがに男を見る目があるじゃないか」


「そんなんじゃありません、マーサさん。

いつものやつと・・修君は何にする?」


「同じ物で」


「じゃあいつもの2つと、果実酒を2つお願いします」


「あいよ」


注文が済むと、向かいの席に座ったエレナさんが俺を見る。


「いきなりで御免なさいね。

アメリア団長から、『彼に魔法を教えるように』と頼まれたから・・」


「え?

エレナさんが教えてくださるのですか?」


「そうよ。

私じゃ不満かな?」


「いえ、とんでもない。

でもギルドの仕事があるんじゃ・・」


「それが終わってからだから、教えるのは夕方からね。

週に2回、ここで食事をした後に、私の家で教えてあげる」


「エレナさんの家!?

・・さすがにそれはまずいんじゃ」


この人、美人揃いの受付嬢の中でも抜きん出て綺麗だし、胸もかなり大きい。


源さん程ではないけれど、少なくともEくらいはありそうだ。


美しい金髪と青い瞳は、昼夜を問わず良く映える。


きっと冒険者の中にもファンは大勢いるに違いない。


「どうして?

他に適切な場所がないし・・あ、まさか変な事を考えてる?」


「滅相もない」


「私は修君を信用しているし、もし何かされたら必ず責任を取って貰うから。

修君、大人になったら凄く良い男になりそうだし、将来的にもかなり有望だもの。

・・私に手を出すなら、十分に覚悟を決めてからにしてよ?」


笑顔でそう言ってくるが、瞳は決して笑っていない。


「手なんて出しませんよ。

それより、アメリアさんとお知り合いなんですか?」


「あれ、団長は私のこと何も教えてないの?

・・私、元は第3騎士団所属の騎士だったのよ。

でも火魔法しか使えなくて、例の事があってから、団長がギルドの職を勧めてくれて・・。

あの指輪はね、団長の弟さんの物なの」


「・・・」


「団長のお気に入りだった私は、今はギルドで受付をやりながら、必要があれば彼女にそれを報告する立場」


「はいよ、御待遠様」


マーサさんが前回とは異なる料理を運んで来てくれる。


プレートの上に、肉厚のポークソテーとソーセージ、3種類の茹で野菜が盛られていて、それとは別に、パンが2つ付いている。


「冷めちゃうから、食べながら話しましょ」


ナイフとフォークを手にしたエレナさんにそう促されて、こちらも食べ始める。


豚の味はリアルと遜色そんしょくない。


野菜は、物によっては寧ろこちらの方が美味しいかもしれない。



 食事を終え、エレナさんの家に足を踏み入れる。


食事代は当然、俺が2人分支払った。


『団長からその分の手当てを貰ってるから』と彼女は抵抗したが、『授業料の代わりです』と言って押し切った。


『うんうん、男はそれくらいでないとねえ』と、そのり取りを見たマーサさんは満足そうだった。


「きちんと掃除はしてあるけど、そんなに広い家じゃないから、教えるのはこの部屋ね」


レンガ造りの家で、床は石畳だから、土足でそのまま室内を歩き回る。


この辺りは、日本人の俺の感覚だと少し違和感がある。


室内には2つの部屋とトイレ、浴室があり、水は出るがキッチンはなかった。


部屋の1つが衣裳部屋を兼ねた寝室で、もう1つがテーブルセットの置かれたリビング。


書棚も置かれ、何冊かの分厚い本が並んでいる。


顔や手を洗う水場は、その隅にあった。


あ、鏡と石鹼せっけん、木製の歯ブラシまである!


ブラシの部分は何かの体毛かな?


こちらの世界で自分がどんな容姿をしているのかが分らなかった俺は、その鏡を覗き込む。


・・良かった。


ちゃんといつもの俺の顔だ。


上下水道も整えられているようだし、この世界の暮らしは、それ程不便ではないようだ。


「お風呂のお湯はどうしているのですか?」


ドアが開いたままの浴室には、真鍮しんちゅう製のバスタブが置かれているだけ。


水を入れたり流すことはできても、あれではお湯にはできないだろう。


女性に聞くべき事ではないと思ったが、風呂好きの俺としては、この世界のお風呂事情をなるべく知っておきたい。


「水を張ったバスタブの中に手を入れて、火魔法を使うのよ。

冬以外はそれで大丈夫だから。

専用の蛇口に火の魔石をセットしてお湯にすることもできるのだけど、魔石は迷宮の魔物しか落とさないし高価だから、貴族以外だと相当に裕福な人しか使わないわ。

魔石のランクによって内包されている魔力が異なるから、同じ魔石を何時までも使える訳ではないしね。

だから、さすがに冬は汚れたり汗をかいたりしない限りは、2日に1度、公衆浴場に通っているの。

この絵の看板が目印よ」


手近な紙に、そのマークを描いてくれる。


・・リアル、そのまんまだな。


「それって男女別ですよね?」


「当たり前でしょ」


少し安心した。


「さて、それじゃあ始めましょうか。

先ずは魔法の概念からね」


向かいの椅子に座ったエレナさんから、ラノベでよく目にしたような内容の授業を受けた。

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