第7話
帰宅後、うがいなどお決まりの事をした後で、パソコンの前に座る。
「今日はじっくり進めよう。
色々試してみたいしね。
・・源さんは相変わらずだったな。
話題が豊富だし、2人きりで居ると本当によく笑う」
昼食での会話を思い出し、ひとりでに笑みが零れる。
『ログイン』ボタンをクリックし、ゲームの世界に足を踏み入れた。
アニメや漫画では、中世のような異世界に行っても、物によっては現代と大して変わらない品物が沢山出てくる。
自動車は作れないのに、空飛ぶ船があったり、銃はないのに大砲が存在したりする。
石鹸すらないのに、女性の肌は美しく、シャンプーがなくても髪はサラサラ、艶々だ。
ご都合主義というやつだが、こうして実際にゲームの中で過ごしていると、
日本の現代で暮らしている俺が、入浴の習慣がない場所に住むなんて無理だし、通りを歩いていて、家々の窓から汚物が放り投げられる状況に耐えられるはずがない。
女性が身に付けるスカーフは、元はその汚物を避けるために、頭に着用していたそうである。
日本の若者には、平安時代や中世ヨーロッパ風のアニメや漫画を好んで見る人が多いけれど、その時代の生活を忠実に描けば、誰も見なくなるだろう。
何でも正直に描けば良いというものではないのだ。
見てる人の夢を壊してしまうからな。
事実、今俺が居るこのゲームも、設定自体は中世のようだが、本来なら存在しない物で溢れている。
だが、それで良い。
冒険者ギルドの内部は、昨晩と違い、人で溢れていた。
6つある受付カウンターには全て若い女性が控えており、様々な恰好をした冒険者や依頼者の対応に追われている。
掲示板は全部で9つ、3種類あり、其々が討伐、採取、雑用の依頼で埋め尽くされている。
中には誰も受ける人がいなくて用紙が黄ばんできた物もあるが、それは討伐系でしか見られない。
一通り見た後、先ずは登録するために受付の1つに並ぶ。
ラノベでよくあるような、変な人に
「次の方どうぞ」
「こんにちは。
ギルドへの登録をお願いしたいのですが・・」
「あら、礼儀正しいのね。
ではこちらの用紙に必要事項をご記入の上、登録料として300ゴールドのお支払いをお願いします」
名前と年齢、特技を記入し、予め用意していたお金の中から、言われた額をカウンターに載せる。
アイテムボックスに入っていた30万ゴールドは、金貨25枚と銀貨490枚、銅貨1000枚だったので、それで金貨1万、銀貨100、銅貨1の価値だと分った。
「・・済みません、このお名前、何てお読みになるのですか?」
書き終わった用紙を見た女性が、申し訳なさそうにそう尋ねてくる。
あれ?
門番のおっさんはちゃんと読めたのに。
身分証を確認してみる。
あっ、そうか。
この世界では漢字が使われていないのかもしれない。
身分証にはローマ字を崩したような、変な文字が使われている。
そしてそれを何故か読むことができるが、多分、練習しないと書くことまではできない。
登録用紙に用いた文字は、漢字と数字だけだから気が付かなかった。
「『さいおんじおさむ』と読みます。
もしかしてこれも分りませんか?」
『空手』と書いた特技の欄を指差す。
「はい、済みません」
「『からて』と呼んで、素手による格闘技を意味します。
申し訳ありません。
遥か遠方の島国から来たので、この国の文字をまだ書けなくて・・」
「そうでしたか。
ではこちらで代筆、修正を施しても宜しいでしょうか?」
「はい、是非お願いします」
身分証に書かれている文字と同じ字で、氏名と特技の欄に補足が入る。
俺が書いた漢字を消さずに、その下に読み方や意味を付け加えてくれた。
「有り難うございます」
出来上がったギルドカードを見て、嬉しくなる。
氏名とランク、作成した町の名が入っただけの簡素な物だが、その名前には元の漢字が使われている。
「頑張って生き残ってくださいね。
あなたのような人は、この町に是非とも必要です」
深々と腰を折ってお礼を述べた俺に、その受付嬢はにっこりと微笑んだ。
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