第5話

 「お~い、そこのお前、町に入るつもりなら急げよ!

もう直ぐ門が閉まる時間だぞ!」


ゆっくりと歩を進める俺に、100メートル先くらいに居る門番の兵士がそう怒鳴る。


「えっ、マジ?」


まだ夜の8時くらいだろうに。


慌てて走り出す俺。


「ぎりぎり間に合ったな。

・・見ない顔だが、この町は初めてか?」


中年のおっさん兵士が、相方と一緒に門を閉じながら、親しげにそう話しかけてくる。


「ええ、初めてです。

閉門がこんなに早いとは思わなかったんで・・」


「おかしな事を言う奴だ。

この国では何処どこも同じ時間だぞ?

田舎の村なんかもっと早いだろうに」


「そうなんですか?

ど田舎から出て来たんで、都会のことは何も分らなくて」


「その割には品があるじゃないか。

もしかしたら貴族の子息かもと思って、近付くにつれ、少し冷や冷やしたんだぞ」


おっさん兵士が苦笑いしながらそう口にする。


「この国って、やはりそういう事には厳格なんですか?

貴族の人には逆らえないみたいな・・」


「いやいや、そんなことないぜ。

ここのご領主様は代々領民を大切にしてくださる方々なんだが、今のご領主様はそれに輪をかけて本当にお優しくて良い方なんだ。

早世された先代の跡を継いだばかりで、まだかなりお若い方なんだがな」


「じゃあここは王都ではないんですね?」


「はは、王都はここの倍以上の広さがあるらしいぜ?

この町は地方の一都市、国全体で言えば3番目くらいの大きさの町さ」


「何て言う名の町なんですか?」


「ゼルフィードだよ」


「色々と教えてくださり有り難うございます」


その後、身分証を確認されてから、町の中に足を踏み入れる。


夜の街は全体的に静かで、灯りの点いていない家が半数以上ある。


人通りもまばらで、都会の生活に慣れていた俺には凄く新鮮だった。


西洋を思わせる街並みを1時間程歩くと、冒険者ギルドの看板が掛かった大きな建物が見えてくる。


灯りは点いているが、何とも弱々しい。


「今日はこの辺にして、明日また来るかな」


目に付いた路地に入ると、直ぐに【ログアウト】した。



 自室に戻って時計を見ると、まだ午後6時前だった。


2度目にログインしてから、1分くらいしか経っていない。


「・・本当にこちらでの時間が止まっている」


ゲーム内では間違いなく8時間以上を過ごしていた。


その理由について様々な可能性を考えてみるが、どれも正解だとは思えなかった。


なので、もうそういうものだと完全に割り切ることにした。


下手に騒いで、この面白そうなゲームの参加資格を取り消されたらたまらない。


念のため、手洗いとうがいをしてから、自分の日常生活へと戻っていった。



 「西園寺君、おはようございます」


翌朝、登校して自分の席でビジネス英単語の暗記を繰り返していると、爽やかな、とても奇麗な声で名字を呼ばれる。


「おはよう、源さん」


席が隣で、このクラスで俺が普通に会話する、唯一の女生徒だ。


「相変わらず熱心に勉強してるんですね。

全国36位じゃご不満ですか?」


この間の模試の結果をお互いに見せ合ったから、俺も彼女の順位を知っている。


「君は3位だったじゃないか。

それに、語学力では圧倒的に君の方が上だろ」


俺も英検1級は持っているが、彼女はそれに加えて数か国の言葉を話せる。


この学校は、名立たる『オリジン』グループが、世界で活躍できる人材を育成すべく、私財を投じて建てた超エリート校。


当然、受験の競争率は物凄く、学費もかなり高いが、それに見合う施設と人材を揃えている。


家がお金持ちの生徒が多く、学食や制服はかなりお洒落だが、中には俺のように一般家庭出身の人も居た。


勉強だけでなく、スポーツや芸術に秀でた生徒も多数在籍し、其々別のクラスで学んでいる。


本当に、どうして俺が合格できたのか分らない。


俺は元々、高ランクの公立を受けるつもりでいたのだが、いつもは俺の考えを尊重してくれる両親が、何故なぜかこの学校を受験するように強く勧めてきた。


高い学費は都が出してくれると言うし、記念受験のつもりで受けてみたのだ。


勿論、受けるからには相当の努力をしたが、偏差値はせいぜい70までしか当時は上がらなかった。


掲示板に自分の番号を見つけた時は、目を疑ったものだ。


「その分、あなたには空手があるし、他の運動でも全国クラスのものがあるって、先生方が仰ってましたよ?」


小学1年から始めた空手は、段位こそまだ2段しか取っていないが、公式試合では1度も負けたことがない。


中学時代は全国大会3連覇だった。


オリンピックにもし空手の組手があれば、ほぼ間違いなく選手に選ばれるだろうと言われている。


源さんは、偶々俺の中学時代の試合を見たことがあるらしく、それもあって、入学早々彼女の方から俺に声をかけてきたのだ。

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