物語にいそうな古典の先生

今野世界

第1話 物語にいそうな古典の先生

「少し外の空気を吸ってきます」

そう言っておもむろに立ち上がると彼女は外に出た。

中の騒々しさとは裏腹に外は物静かだった。

店の裏側にある喫煙所に着くとポケットに入れておいたキャメルを手に取りライターでそっと火を点け薄い唇の間に銜えた。

大きく吸い込むと深いため息とともに煙を吐いた。

一本を吸い終え二本目に火を点けたとき、ふと我に返った。

私は今年で32だ、そろそろ、いやもう遅いかもしれないが結婚のことについて考え

なければならない。

だから今日、教師の同僚が幹事を務める合コンに好きでもないが参加したのだ。

私は昔から合コンのようなノリが苦手だしお酒も飲めない。

「ほろよい」一缶が限界である。

ノリも悪くお酒も飲めない私に愛想を尽くしたのか男たちは私に話しかけることをしなくなった。居心地が悪くなり私は外に出た。

ちょうど二本目を吸い終わったとき、誰かがこちらに向かっているのに気が付いた。

「先輩、僕も一緒に一服いいですか」それは教師の後輩だった。

「どうぞ、お好きに」

「では、お言葉に甘えて」彼は答えた。

彼は手に持っていたセブンスターに火を点け、一吸いしては大きく煙を吐いた。

「先輩このまま帰るつもりだったでしょう」彼は言った。

私は図星を突かれて言葉を失った。彼はまたタバコを一吸いした。

彼は半分も吸っていないそのセブンスターを銀色の灰皿に押し付け私のほうを見て言った。

「どうです、僕と軽く飲みなおしません?」

私は些か呆気にとられた。みんなが心配するから戻ろうとかそういうことを言われるのかと思ったがそうではなかった。冗談かもしれないと彼の顔を見るがそうでもなさそうだ。

私は彼に近づきポケットからキャメルを取り出すと彼に一本手渡した。

「あと一本分付き合いな」そういうと私は吸いかけのたばこを灰皿に押し付け、新しい一本を取り出した。

少しばかり談笑し、もう半分も吸えなくなったところで、彼は思い出したかのように言った。

「先輩からまだ飲みの誘いの返事もらってないです」と。

私はしばらく考えた末こう言った。

「私はたばこを吸う自分も、たばこを吸う君も嫌いだから、君がたばこをやめられたら行ってあげてもいいよ」と。

そう言って私は最後の一吸いを終え、目の前の自販機で水を買った。

不満そうな顔をしている彼に水を差し出す。不満そうな顔をしているが素直に水を受け取る彼は見ていて実に趣深かった。

私は彼の何か言いたげな顔を背にいつかの授業で扱ったある古典作品のセリフをそのまま残して喫煙所を後にした。

「多かる野辺に」と。


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