第4章 戦後の作家・平林たい子
第25話 下村清寿という瘦せぎすな家政婦の出現 🪵
終戦の翌年の昭和二十一年、タイは四十編の小説、新聞・雑誌への随筆、座談会を引き受け、そのうちの短編『こういう女』では相変わらずの筆で夫婦生活を描いた。批判の矢面に立たされた『鬼子母神』は小堀の弟夫婦の離婚で養女に迎えた五歳児に対する養母としての自分の客観的な観察を試みた短編だが、もちろん創作である。
夫婦の生活に新たに加わった幼い子どもを溺愛する気はなく、それによって起こる化学反応を執筆のヒントにし、夫の目を家庭に向かせるための素材とも考えていた。翌二十二年になるとタイの作家生活はますます充溢度を増して日本文藝家協会理事に就任するとともに『こういう女』により栄えある第一回女流文学者賞を受賞する。
同賞の第三回は林芙美子、第六回は円地文子が受賞している事実からしても、平林たい子が戦後を先駆ける女性作家のトップとして認められていたことは明白だった。のちには山川菊栄や神近市子らと民主婦人連盟を創立する、各種文学賞の選考委員や婦人少年問題審議会委員を歴任するなど、文化人の地歩を着実に確保していった。
*
妻のタイが輝けば輝くほど、夫の小堀の心情は自分の存在意義を求めて彷徨した。タイが病気のときはイニシアティブを取っていたのにいまはすっかり逆転している。焦れば焦るほど政治活動は空転して、タイの稼いだ金の持ち出しが多くなってゆく。そんな小堀が情けなくて哀れでなんとか実の生る仕事をさせたいとタイは願った。
そんなところへ降ってわいたように、趣きのある女性がやって来た。少し難聴気味のせいか、どことなくさびしげな印象の、瘦せぎすで黙々と働く家政婦の下村清寿。タイの単行本の装丁画家の紹介だったが、大きな屋敷にいただけあり、てきぱき手際よく家事をこなし狭い家はたちまちきれいになったのでタイの手は不要になる。
三十五、六歳で独身、高知県の農家の生まれ、もんぺ穿きでくるくる動きまわる清寿をタイは「お姉さん」と呼び、口の堅いところも気に入って、心やすく接した。しかしある日、山奥の生家で身につけたと思われる、薪を割る所作の美しさに惹きつけられた小堀の胸に小さな灯がともったことをタイはまったく気づかずにいた。
――胸にも腰にも女特有の膨らみの目立たないもんぺ姿で甲斐甲斐しく立ち働いているときの彼女は颯爽として新鮮だった。ある日、ふとガラス越しに見ると、屋根をかけただけの間に合わせの風呂場のそばで彼女が大きな薪を割っていた。下駄ばきのまま、こまかい茶縞のもんぺの片膝を土の上についた彼女、一方の膝は立てたままで右手にふりあげた鉈をはっしと打ちこむと、薪はさくりと割れて、手で押さえられていない方の半分が勢いよく跳ねとんだ。(小堀甚二著『小説 妖怪を見た』)
いろいろあった最晩年に小堀自身が書いた描写のリアリティに室内から家政婦を見ている男の息づかいや上気した頬まで想像されるのだが、迂闊なことにタイ自身はまったく知らずにいた。作家なのだからもう少し敏感であってもよかったのだが、あんな男になにができる……どこか小堀を見くだしていた自分に気づき唖然とする。
※マイクロソフトさんの更新で字詰めが変わったみたいですが、よく分からないのでこのままにしておきます。数字フェチとしてはなんとも居心地が……。(´-ω-`)
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