第18話 むかしの男との再会&三角関係の修羅場 😴



 ところで、朝鮮に置き去りにして来た格好の山本虎三はタイを激しく憎んでいた。それというのも、アナーキストの韓が合宿所の顛末を詳細に手紙で知らせたからで。わだかまりを解消しようと、タイは帰国して特高から隠れ住んでいた虎三を訪ねる。飯田と別れて復縁しようという気はなかったが、久しぶりに迫られて、そうなった。


「な、いいだろう、あのころはふたりとも若かったんだよ、なにもかも忘れようぜ」

「そうね、あなたがそう言うのならもちろん……わたしのこと、許してくれるのね」

「許すもなにも、きみだって異国で無一文で身重でたいへんだったことは分かるよ」

「まあ、うれしい。じつはね、ずっとあなたに申し訳なくて、だけど、事情が……」


 そう言われてわるい気がしないのもまた人情で、タイは自分のしたことを都合よく忘れ、むかしの男の純情(?)にほだされるかたちになったことを悔やまなかった。かくて本人たちが真剣であればあるほど周囲には滑稽に映りがちな三角関係が出現する。タイが勤め出したカフェへ現われた飯田は椅子を振り上げて自分の女を殴った。


 迎えに来た虎三と夜道を歩いていると、尾行して来た飯田が話し合いたいと言う。誘われて飯田の部屋に泊まるが、予備の布団がないのでタイを挟んで川の字に寝た。翌朝、家事が得意な飯田が用意した秋刀魚の朝食を食べてからタイを連れ出した虎三は知人の新聞記者宅に匿ってもらうが、翌る日、タイは飯田の部屋にもどっていた。


 それをまた虎三が連れもどして……果てしない愛欲地獄が繰り広げられ、嫉妬心を抑えきれない飯田は虎三とタイの寝所の床下に忍ぶという、忍者もどきの離れ業までやってのける。自分を奪い合う格好のタイとしてはいい気なものと言われそうだが、正直、そんなことよりも小説の執筆が大事だった。愛欲関係は、その糧に過ぎない。



      *



 このころ、雑誌の原稿料で流行のマントを買ったタイが「これからは貴族的な生活をするの、わたし」お道化てみせたことに怒った虎三はナイフでマントを切り裂く。

「なんだって?! かりにもプロレタリア文学をする身で、よくもそんなたわごとを」

「わたしだってひとりの若い女よ、新調のマントぐらい着ても罰は当たらないわよ」


「よく平気でそんなことを言える。おれは着の身着のままで貧乏に堪えているのに」

「自分で稼いだお金をなにに使おうと勝手でしょう。口惜しかったらあんたも……」それやこれやで虎三と借りた下宿を一週間で飛び出したタイは、単身、酒屋の二階に移り住んだが、すぐにふたりの男に知れてしまい、さまざまないやがらせを受ける。


 例によって憤激して乗りこんで来た虎三は畳の上で新聞紙を燃やし、一方の飯田は部屋中の家具を探って現金を小銭まで持ち去るなど、乱暴狼藉の限りが尽くされた。だが、のちにそれぞれが書いたものによれば、じつはふたりの男たちが示し合わせてのタイへの復讐だったというのだから拙劣とも卑怯とも愚劣ともなにをかいわんや。


 困ったタイは林芙美子に一緒に住んでもらったが、女たちの留守中にあがりこんでいた飯田はタイをこてで殴り、唾を吐きかけた虎三は布団を自分の下宿に持ち出した。ふたりの男がひとりの女に、子どもじみたいやがらせの限りを尽くす。古い時代とはいえ本当にこんな蛮行が行われたのだろうかと疑わしくなるがどうやら本当らしい。




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