第17話 ようやく作家としての第一歩 🍇
大正十四年の『文芸戦線』九月号にタイの「婦人作家よ、娼婦よ」が掲載された。男性社会の文壇に登場できるのは秋波を贈った女性だけという過激な内容だったが、古い固定観念を打破せずにおくものかという熱情があふれるタイトルは目を惹いた。だが、これ一本で注目されるほど甘い世界ではもちろんなく、ほとんど無視される。
一方、平林諏訪湖の筆名で少年雑誌に童話が掲載されたが、それで食べていかれるわけではなかった。かたや林芙美子は腐れ縁の野村と別れ、新宿のカフェに勤める。女たち自身にそうさせるものがあって体質的にそういう男を引き寄せるのか、芙美子とタイの周囲にいる男たちはいずれも生活力がなく、理屈屋なのに暴力をふるった。
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あくる年の正月、大阪朝日新聞の男女各五名の短編作家募集の報を読んだタイは、炭が買えないのでふところで指を温めながら『喪章を売る』六十枚を書いて送る。「これに当選しないようでは作家になる資格はないわね」飯田に言ってみたが、金がなくなると友人の家を泊まり歩いている飯田は大欠伸をしたきり返事もしなかった。
ところで、今度の大家は真っ当な生き方をしていないカップルをひどくきらって、働かなければ飯を食う資格もないと、井戸のポンプをはずしてしまう苛烈さだった。気の毒がった隣人が水を使わせてくれたが、それを知った大家はタイが執筆している部屋に乗りこんで来ると、畳をはがして持ち帰ってしまう。まさに絶体絶命だった。
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さすがのタイも困り果てて飯田を探しに行くと、あるアナーキストの家で襷がけで楽しそうに飯炊きをしている。タイから事情を聞いた活動家仲間たちが大家を急襲しみんなで天井や窓を破壊してまわったので、怯えた大家は引越料を支払った。移転先は落合の新築家屋で、ここで飯田は同じく甲斐性のない隣家の婿養子と親しくなる。
遊び人同士だったのが気が合ったようで、ふたりでなけなしの金を持ち出して釣堀や散歩に出かけ、留守宅に借金取りが来てもわれ関せず、どこ吹く風を通していた。
婿養子が不在のときの飯田は家に居つかず、知人を訪ね歩いて家事を手伝っていた。 ネルの腰巻ひとつで掃除をしていたり、ねんねこで赤ん坊をおんぶしていたり……。
タイと出くわしてもバツがわるそうな顔もせず「奥さんが風邪を引いているから」と言うので、タイも「それはたいへんね。どうぞお大事に」と言って別れたりする。
そのころのタイは作家としての芽がようやく出始めた兆しで、原稿を送ると掲載してくれる出版社も増えて来ていたので、自然に飯田の存在を当てにしなくなっていた。
雑誌『新青年』に発表した探偵小説が存外に好評だったようで、この分野に本腰を入れるように編集長からアドバイスを受けたことも、将来への大きな励みになった。
「平林さん、娯楽小説に本格的に取り組んでみませんか。きっとモノになりますよ」
「はい、ありがとうございます。せっかくのお勧めですので、よく考えてみますわ」
「なんですな、純文学ですか、あれで食っていけるのはほんのひと握りですからな」
「はい、よく分かっております。読者や版元さんあってこその作家ですから」(^-^;
探偵小説で身を立てるつもりは毛頭なかったが、プロから文才を認めてもらったことは素直にうれしく、目標とする純文学の執筆意欲もいままでになくみなぎってゆく。
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