第14話 つれなくされてもやっぱり優男が好き 🎲



 高見沢に連れられて岡田龍夫の住まいを訪ねたタイは、畑の中の粗末な壁に自分の肖像画が貼られているのを知って、それまでの軽視を反省したい気持ちに駆られた。高見沢が帰ると岡田はいそいそ茶碗を出して「これをきみのにしよう」と言ったが、生来が優男好きなタイの心は、やはりひとりで帰ってしまった高見沢を追いかける。


 岡田は誠実な人柄らしく高見沢のように遊び好きではなかったが、困ったことに女の磁石は駄目な方に引かれがち。タイもそういう意味ではいたって凡庸な女だった。

「やっぱり帰る」と告げると岡田は打ち萎れ、駅まで送ると着いて来たので、タイは行き先(本音では高見沢のところに帰りたかった)の切符がなかなか買えなかった。


 思わせぶりな逡巡を繰り返した末「貞操なんて大したものじゃない」と自分に言い聞かせて「やっぱりあなたの家に泊めてもらうわ」と言うと、岡田は欣喜雀躍する。牛肉やパンを奮発した岡田と一緒に畑の小屋へもどったタイは、はしゃいで歌ったり踊ったり、自分は天才かも知れないと口走ったりする岡田がますますいやになった。


 その岡田に命じられて、炊事のたびに近所の畑の野菜を無断で失敬せねばならず、惨めな気持ちで小屋を振り返ると、小柄な身体をくねくねさせて岡田が踊っている。ああいやだ。二日で音を上げたタイは韓というアナーキストが合宿所の賄いを求めていたことを思い出す。勤務先を訪ねて話をつけるとその夜は柳瀬宅に泊めてもらう。


 といっても布団は一組しかないので夫婦が寝る足のほうから入れてもらい、両方に触らないように小さくなって寝た。それでも岡田の小屋へもどるよりはましだった。タイは諏訪高女時代の誇り高い自分を思うと惨めの限りを尽くして平気でいることが不思議だった。開き直ると女は意外に強いのかも知れないと自虐的に思ったりして。


 

      *



 まるで落葉が風に吹き寄せられるようにして始まった炊事婦生活だったが、そこも落ち着いていられる場所ではなかった。泥酔した岡田がやって来て大暴れするのだ。

「よくもおれをたぶらかしてくれたな、このあばずれ女が!! おれを甘く見るなよ」

「そんな、甘くなんて見ていませんよ、わたしはただ、ここで勉強したかっただけ」


「うそつけ、みんなでおれを笑いものにしやがって。ええいっ、こうしてくれる!!」

「やめて、やめて。ほんとよ、みんな真面目な合宿なんだから……あっ、やめて!!」ステッキを振り上げ窓ガラスやドアを片端から壊してまわったとあって関わり合いを恐れた合宿所の住人が逃げ出したので、タイは韓から退去を求められることになる。


 申し訳ないと詫びる一方で持ち前となりつつある図太さを発揮し、心配してやって来た高見沢に米国製のハムの缶詰や果物を無断で食べさせ、ふたりの仲は復活する。

だが、いくら好きでも遊び人の高見沢は暖簾に腕押しで結婚の気など毛頭なかった。未練を残しながら合宿所を出たタイがつぎに身を寄せたのは女権活動家の家だった。



      *



 衆樹安子もろきやすこは父の遺産でレストランを経営していた。その二階の住まいに同居させてもらっているうちに、女給の手が足りないと階下の店を手伝うことになった。けれども、熱いこてで髪の毛に大きなウェーブをつけ、アメリカ映画の女優の真似をして毒々しいほど真っ赤な口紅を塗ったタイの姿は異様で、客からも同僚からも敬遠される。


 ここでも歓迎されずにクサクサしていたところへ訪ねて来たのは、またしてもあの岡田だった。高見沢から居所を聞いて来たと知り、あらためて高見沢の不実を知る。タイに冷淡にされながら岡田が熱心に口説くには「小説雑誌『ダムダム』の同人仲間で銚子に行くことになった。ついては炊事を担当してもらえれば助かる」という話。


 どこへ行っても活路を見い出せずにいたタイはほとんど破れかぶれで承諾したが、その気になってみると、もしかしたら格好の転機になるかも知れないと思い始める。集まるのは文学好きな人たちばかりだから、なにかいい話が聴けるかも知れないし、あわよくば文壇への早道のコネをつかめるかも知れない。そう思うと希望が湧いた。




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