こたえあわせ
灯村秋夜(とうむら・しゅうや)
これはフィクションです。まあ、モデルのお話もあるんで、そちらも交えて怪談ってことにしようかな。基本、現実に負けると悔しい派なんですが、僕がこうやって怪談ばっかし書く人になったきっかけでもあるんで。余計な要素足してつまんなくなってるかもしれませんが、それなら容赦なく言ってください。僕の実力が足りないんなら、それも成長の糧にしないといけないんで。
タイトルを付けるとしたら……僕の願望も込めて、「こたえあわせ」かな。そういう話なんで、ちゃっと語っていきましょうか。
小学五年生の二学期後半になると、中学受験に向けてなのか、かなり真面目な勉強を始めるやつが出てきました。けっこう仲が良かったYとか、赤シートがついた参考書なんて使ってる、なかなか真剣なのもいたんですが……小学生ですし、目新しいものを見たらいろいろバカをやりたくなるもんですからね。気付いたら参考書はふつうに読む、赤シートでふざける、なんてことになってましたね。
Yは赤シート越しに風景を見たり、赤い落書きが消えて見えるのか試したり、バカながらも探求心あふれるというか……科学者にあこがれる少年らしく、試行錯誤を繰り返していました。勉強の合間にいろいろやって、休み時間にはそれなりに遊ぶ、スケジュール管理がうまいやつだった記憶があります。かなり有名な大学に行ったんで、日本の未来を担う立場になるんじゃないかな。
サングラス越しに見れば世界が変わるかと言えば、そんなわけないですよね。それと同じように、赤シート越しのあれこれも、ほとんど何も変わらなかったみたいです。ただ目が疲れるだけだって結論を出す直前、何人かでつるんでた中のUが、赤シートを借りていつものようにふざけに行きました。そして、大きな発見をしたんです。
我らが五年四組の掃除用具入れには、赤鉛筆をえぐり込んだみたいな落書きがありました。漢字とハングルの合いの子みたいな、小指の爪くらいの文字が三つ横に並んでいて……先生も読めないし、なんだか異様な感じがするって話でした。文字を彫って塗料で仕上げたみたいな文字だったんで、買い換えないと変わらないままだったと思います。Uは、「赤い文字が消えるなら、これはどうなるんだろう」という……ごく常識的な発想から、それに赤シートをくっつけたようでした。
興奮と恐怖が入り混じったような声でしたね。「これ見ろよ!!」って。ビビッてるのは分かったんですが、そんな理由なんてどこにもないし、怖いことなんてひとつもありませんからねえ。僕らもUがびちっと押し当てた赤シートを見ました。そうしたら――ですね。木製の掃除用具入れ全体に、「ここここここここ」って……そうですね、経文の隙間にもう一回お経を書き入れたのかってくらい、びっちり書かれてました。赤シートの範囲外だとただの木にしか見えないのに、シートを移動させると「こ」で埋め尽くされているんです。
なんなんだこれ、って話になって……まあでも、教師が何かやるほどのトラブルでもありませんから。生徒の一人がなんか変なことを言ってるってだけだったので、別にね。そこまでのことではなかったんです。ですが、三学期の最後になって、ロッカーまで動かす大掃除をするってときに、とんでもないことが起きました。
地震対策だったのか、ジェルシートでロッカーが固定されていて……まあ、年に一回交換してたんでしょうね。ちょっと隙間がありました。教室の掃除に割り当てられて、机をぜんぶ前に移動して、ロッカーの裏を掃除しようってことになったとき、その隙間に手をかけたんです。先生も協力して、ジェルシートを除去して――ってやってたとき、思ったよりも隙間が大きいのに気付きました。いっさい遊びがないなら指が入らないとかで大変なんですが、握りこぶしの半分くらいかな、ジェルシートが意味をなさないんじゃないかってくらいにありまして。
向かって右のほう、窓際からロッカーを動かすと、人骨が出てきました。
廊下に頭を向けて寝転ぶような姿勢で、大人の骨が順番に……足の指から頭蓋骨まで、まるまる一人分でした。腐乱死体とか骨格標本じゃなくて、詳しい人によると、肉食獣が食べて丁寧にしゃぶった後のものだろう、と。そう考えるとね、用具入れの文字は「ここ、ここ」だったんだろうなって……そう思うんです。ちょうどあそこにあった頭蓋骨は、頭ひとつ分の隙間をいっさい不自然に思われることなく、一年間過ごしてたわけですから。どうして気付かないんだ、って思ってたんでしょうね。
え、はい。まあフィクションだって最初に言ったんで、どこがウソかってことは言わないとですよね。話の大半を占めてた「赤シート」って部分ですね。まあつまり、年度末の掃除のとき、ロッカーの後ろから大人ひとりの人骨が見つかったと。事実としてはそれだけなんですよ。ただまあ、それじゃ面白くありませんから、脚色をしたわけで。
はい、そっちは……というか、そっちも事実なんですよ。五年四組にいたあの一年間、僕らはあの教室で、ずっと人骨と過ごしていたんです。身元不明の男性らしい骨は、結局今でも身元不明のままで、どうやら肉食獣に食べられたものだろうというところも本当らしいんですね。せいぜい五、六センチの隙間には、ネコ一匹だって入り込めやしないと思いますし……頭蓋骨だって、わざわざ掃除用具入れの裏に隠したんだから、あれを動かしたんですよね。あの小学校の、ほんの二週間あるかないかの春休みに、いったい何が起こったんでしょうね。
あ、それはですね。あの人骨の……大腿骨かな? 腰に近いところに、深いきずあとがありましてね。噛み傷なんだか彫り込んだんだか、朱色のひどく鮮やかなものでした。何があったのか、原因や遺体の身元、一年見つからなかった理由も、いまだに不明のままです。
「こたえあわせ」――できると思いますか?
こたえあわせ 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます