第17話
夜が
未だに目覚めないトキを芽依の部屋に運び、布団を
……
そもそも、
聖堂がなくなれば、人々の
聖堂の再建と
やることは
芽依はそっとトキの寝顔を眺める。
こんな風に、無防備な寝顔を見るのは初めてだ。それだけ、今回は力を消耗し過ぎたのだろう。
聖堂の崩壊で被害者も出た。
こんな時こそ、聖女である自分が心を強く持たなければ……。
芽依が気合いを入れる為に、自分の頬をぱちんと叩く。
それとほぼ同時に、門番への報告が終わったテヌートが部屋に入ってきた。
テヌートは芽依を見て
「…………お前、まだ起きてたのか」
「……テヌート」
「トキは俺が見てる。お前は早く寝ろ。その顔、三津流が見たら心配すんぞ」
「うっ……。そう……なんだけど……」
ちらっとトキを見る。
芽依の考えはだいたい予想がつくテヌートは、ため息をついただけで何も言わなかった。
トキを
「……魔王様の力は、人間の場合、そもそも命と引き換えに使うものだ。死神となった今でも、魔王様の力を使うには、
「…………トキくん、魔王の力を使うの、……怖い、のかな……」
「…………そう……だな」
そう言ってテヌートは乾いた笑みを
……本当にこいつは、変なとこ感が良い。
「トキは、自分の持つ魔王様の力を制御する事が出来ない。今は俺とパートナー契約してるから俺の力で何とか
「…………私?」
「そうだ。だが別に、
「………………」
芽依はもう一度トキを見る。
彼が必死に戦っていた姿を思い出し、目を細めた。
「………………そう……だね」
トキが守りたいもの。
芽依はゆっくりと瞳を閉じて、また開く。
「………………ねぇ。テヌート……」
「んー?」
テヌートの視線がこちらに向けられる。だが芽依は、トキを見たままだ。
「…………私ね、あの宝珠の光の中で、昔の……前世の記憶を見たの」
「………………」
「……私と同い年くらいの女の人の。彼女がね、……テヌートと出会ってから、彼女が亡くなるまでの記憶」
「………………」
テヌートは黙ったままだった。
静かに、芽依の言葉に耳を
芽依の瞳が
「…………彼女との約束も、……彼女の願いも」
約束、という言葉に、テヌートがぴくりと反応する。
そこで初めて、芽依はテヌートを見上げた。
「…………テヌートはずっと、彼女の願いを、
「…………………」
テヌートはそっと視線を下へとずらす。その瞳はどこか違うものを見ているようだった。
「………………お前の前世の人間はな、
当時、テヌートは十四歳。姫とは七つ歳が離れていた。
「姫は七歳の誕生日を迎えた頃から、神の声がハッキリと聴こえるようになって、国民からも神の
中に入れるのは、日に二度、食事を持ってくる世話役の少女だけ。テヌートは
護衛はテヌートを含め、二人だけ。塔の正面入口と裏口を見張る日々。
姫は時々、壁越しだが、テヌート達に話し掛けに来ていた。
姿は見えず、声だけが聞こえる。
それが少し、
そんな日々を繰り返し、気付けば九年もの時が過ぎていた。
姫は明日で、十六になる。
当時は十六歳を迎えると、成人した女性と認められる。
明日からは、塔の警備がより厳重になるだろう。こんな風に姫と会話すら出来なくなる。
そんな確信が、二人には
今日が最後なのだと、お互いに分かっていた。
そんな時。
『ーーーー……そこで待ってて!絶対!動かないでそこに居てね』
『………………は?』
突然何を言っているのか、最初は理解出来なかった。
しかし、暫くして、
『え……姫?!外に出たら……』
『しー。今日だけの秘密……。はい!』
姫はそう言って、後ろで隠していた腕を前に出す。その手には、白い綺麗な
『……誕生日、おめでとうテヌート』
テヌートは驚きで目を見開く。
自分の誕生日……すっかり忘れていた。
『……テヌート、たぶん覚えてないだろうなと思って……。驚いた?』
『………………はい。忘れてました』
『ふふっ』
テヌートは姫に
そして、申し訳なさそうに目を
『…………ありがとう、姫。……でも、俺だけ貰うとか出来ませんよ』
それでも姫は、笑ってこう言った。
『…………プレゼントならここにあるでしょう?』
そうして指差したのは、先程姫がテヌートに渡した白い薔薇。
『ーーーー……あぁ』
テヌートは何とも言えない顔で笑う。
姫の髪に、白い薔薇をそっと
『…………姫も……誕生日、おめでとうございます』
『ーーーー……ありがとう』
白い薔薇に軽く触れながら、姫はふわりと幸せそうに微笑む。
それから二人は隣に並んで、ただ星空を見上げていた。
それを感じながら、姫はそっと口を開く。
『…………ねぇ。テヌート……。私ね……』
テヌートは彼女を見る。彼女の視線は、空に向けられたままだ。
『…………もし、生まれ変われたら、今度は……。こうやってずっとテヌートと一緒に居たいな』
『………………姫?』
『…………壁越しじゃなくて、こうやって顔をちゃんと見て、笑い合える……。そんな距離で、ずっとテヌートの隣に居られたら良いのに』
彼女の願いを聞いて、テヌートは心臓が握られるような痛みを感じた。
彼女の髪に挿した
女性が男性に花を
それは
それを二人とも分かってる。でも、そういう意味があってはならない。
姫に贈り物を貰ったら、城の者に姫と接触していたとバレてしまう。貰った贈り物を返しただけ。他人から見れば、姫が白い薔薇を自分で自分の髪に挿してみただけ。そう思わせなければならない。
彼と彼女が、こうして顔を見て話せる。
それは、本当に
テヌートは瞳の奥を震わせ、そっと姫に挿した薔薇に触れる。
『…………そう……ですね。……俺も、そう思います』
テヌートの答えに、姫は微笑む。その瞳から、静かに涙が
その数日後、テヌートが姫と接触していたと国王に知られ、不浄に触れ、穢れたという
テヌートが任務で塔を離れている、一瞬の出来事だった。
「…………俺が戻った時には、姫は
魔王は、人の精神に働きかけ、その者の負の感情に
「…………魔王様が、姫を殺した。……トキもそうだ。…………俺は、もう……誰も、魔王様の思い通りに殺させたりしない」
「………………」
芽依も、宝珠で視た記憶を
『ーーーー……約束、だよ……』
死ぬ
それでも。
それでも彼は全てを受け入れて、姫の願いを叶えようとしている。
ーーーー生まれ変われたら。
こうして顔を見て、話せる距離で、ずっと一緒に居たい。
テヌートは芽依が物心つく前から、ずっと芽依の近くにいた。
両親が亡くなった時も、聖女になると決めた時も、変わらずずっと。
芽依は目を閉じる。
次に目を開けた時、芽依の瞳には強い決意と覚悟が宿っていた。
「…………私も、姫の願いを叶えてあげたい。……そして、貴方の願いも」
「………………」
芽依とテヌートの瞳が
「…………私は、魔王に殺されたりしない。……だから、テヌートも死なないで」
「お前……」
「私は
テヌートはきっと、芽依やトキを護る為なら、自分を
「ずっと一緒に居てくれるんでしょ。私が死んでないのに、テヌートが勝手に死なないで……。私だって、テヌートを護れるよ」
芽依の言葉に、テヌートは目を見開く。
だが次の瞬間には、ぶっと吹き出して
「…………お前、
「……む。テヌートには言われたくないから」
少し
くくっと、
「……ほん……っと……お前は全然姫に似てねーもんな」
「……どういう意味よ」
「そのまんまの意味だよ」
ぽんと芽依の頭に手を乗せ、フッと笑う。
「…………良いぜ。お前とトキが、どう生きていくのか、俺が見届ける」
トキと芽依を魔王の手から護る。それはテヌートが死神として生きる意味だ。
「ーーーー芽依」
東の空が明るくなる。暁の光が屋根に差し込んで来た。
「…………お前がどう生きようが、俺の意志は変わらねー。お前が光を神に返す。その役目が終わるまで、俺はお前を護る」
「ーーーー……」
芽依がじっとテヌートを見上げる。
……役目が終わったら、テヌートはどうするんだろう。出かかった疑問が
聞いてもたぶん、答えてはくれないから。
だから……。
じゃあ、と
「…………改めて。これからよろしく、テヌート」
「……………………」
差し出された手を無言で見つめるテヌート。
「…………お前、ほんっと馬鹿だな」
半眼になり、もはや
反論しようと口を開きかけた芽依を
「いっ……た!いや、ここは握手でしょ!?」
「んなことするか、
「阿……呆?……人の事馬鹿にするのも
「……うるせーな。トキが起きんだろーが」
「っ…………もー」
悔しげに
そんないつも通りの
壊れた聖堂の隣。『始まりの森』に建てられた小さな塔から、神聖な鐘の音が街中に響き渡ったーーーー。
END.
瑠璃色の瞳 紫織零桜☆ @reo_shiori
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