酔った僕とボケた婆さん
古城ろっく@感想大感謝祭!!
第1話
この話は、ノンフィクションだ。
しかし事前に言っておく。これは超常現象だとか、マジな幽霊だとか、そういう話じゃない。殺人も起きないし、行方不明者も出ないし、警察も呼ばないし、村の伝承も関係しない。
しかし、ノンフィクションだ。
正直に言えば、これを執筆するかどうか、僕は小一時間ほど悩んだ。しかし書き綴っておく。これを君たちが読んでいるということは、僕は投稿したってことだな……そうなのか。
話は、数時間前にさかのぼる。
ある夏の日の事だ。お盆の時期を控えたある日……いや、ぶっちゃけこの作品を投稿した日の前夜。
僕たちは、花火大会を見に行っていた。
「綺麗だね」
「ああ、そうだな」
僕と、両親と、それから認知症の祖母。4人そろってのお出かけだった。ちなみに、祖父はお留守番である。
祖父はどうも出不精で、腰痛も悪化しているらしい。認知症の祖母とは違った意味で心配だ。
花火大会はとても盛況で、多くの人でごった返していた。僕らはそれを、少し離れたスーパーマーケットの屋上駐車場から見ていた。
ちなみにこのスーパーは、『花火大会のおともに』と銘打って、酒やらピザやら焼き鳥やらを並べた特設コーナーを設けていた。何とも商魂たくましい。
……で、無事に花火を見て、全員で家に帰ってきたわけだが、
「暑い……あっちい……」
まあ、季節は真夏。8月はまだ始まったばかりである。そりゃ、夜でも暑いだろう。
ここで突然だが、我が家にはクーラーがある部屋は無い……いや、一室だけある。父は自営業をやっていて、この建物は店舗兼住居というやつなのだ。
1階が店で、2階が家だと思ってくれればおおむね合ってる。厳密に言えば、1階の半分が店舗で、残り半分が祖父母の部屋。そして我々のスペースは2階だ。
で、その店舗となっている部分だけが、クーラーのあるスペースだった。あまりに暑かった夜、僕は母と一緒に、そこで酒を飲んでいた。
「じゃあ、そろそろ私は寝るね。あんたは?」
「ああ、母さん。僕はもうちょっとここにいるよ」
「そう」
母は明日も朝から仕事だ。毎日大変なことだと思う。頭が上がらないくらいだ。
その母が2階の寝室へと向かったのを見送って、僕は再び酒を口にした。
――飲みすぎた。
あれからさらに、1時間ほど飲み続けている。もういい加減に辞めた方がいい。普段の2~3倍は飲んでいる。
ああ、もう寝ようか。
僕がそう思ったときだった。この部屋(つーか店)の扉が開いた。家と繋がる方の扉だ。
顔を出していたのは、間違いなく祖母だった。
「お、おお。どうした婆さん。トイレなら隣だぜ」
僕が出て行くと、婆さんは僕を見据えて言った。
「ゆうきか?」
ゆうきとは、僕こと古城ろっくの本名である。
「ああ、ゆうきだ」
僕がそう答えると、婆さんはさらに続けた。
「他に誰かいなかったか?」
「……いや、ここには僕しかいない。さっきまで母さんがいた」
まあ、ついでに言えばテレビもついていた。誰かいたように聞こえたとしても不思議じゃない。
「そうか。ゆうきだけか」
「そうだよ。僕だけだ。さあ、おやすみ」
「――おしっこ」
「トイレは隣だ。ごゆっくり」
「ああ」
どうやらトイレに起きただけのようだ。まったく、ビビらせやがる。
「ああ、そうだ。ゆうき」
「なんだよ? まだ何かあるのか?」
「婆さんは帰ってきたのか?」
そう、婆さんに訊かれたとき、僕の背筋が凍るかと思った。
この家で婆さんと言ったら、目の前にいるこの『婆さん』しかいない。今しがた僕に対して「婆さんは帰ってきたのか?」と訪ねた婆さんこそ、唯一の婆さんだ。
小泉構文みたいになってしまったが、こっちも混乱している。
「あー、ええっと……」
そもそも婆さんはお前だろ。とか、どこの婆さんの話だよ。とか、
どうとでもツッコミを入れることができたかもしれない。でも僕は突っ込めなかった。婆さんの目は本気で、誰かを心配するときの目だったのだ。
「いや、みんな帰ってきたぜ。うちの人たちはみんな揃ってる」
「……そうかい」
納得してもらえたみたいだ。よかった。
「ところで、雪降ってんのかい?」
「ゆき?」
「外、白いべ」
「……」
いや、全然。
むしろアスファルトは黒い。いつも通りか、いつもより2割増しくらいで焼けてる。熱いくらいだ。
「雪なら降ってないぜ」
「そうかい?」
「そうだよ。さあ、トイレに行くんだっけ? 一人で出来るか?」
「ああ」
トイレの方へと向かっていく婆さんに、僕はもう一言だけ声をかけた。
「僕はちょっと、2階へ行ってくるよ」
「母さん!」
僕が両親の寝室まで駆け込む。幸いにして母はまだ起きており、全然知らない深夜ドラマを見ていた。
「どうしたの?」
「ば、婆さんが……」
「婆さんが何? また『赤ん坊がいなかったか?』とか言ってたの?」
「……」
そういや、婆さんは時々、赤ん坊の幻覚を見ることはあるみたいだったな。
いやしかし、だ。今回はそれどころじゃない。赤ん坊の幻覚を見て『赤ん坊はどこに行った?』と訪ねる人はいるかもしれないが、自分の幻覚を見て『自分はどこに行った?』と訪ねる人はいない。そのはずだ。
「あ、あのさ。似ているんだけど違うんだ。婆さんが『婆さんどこに行った?』って……」
「はぁ?」
うん。その認識になるよな。
「あーっと……やっぱり何でもない。忘れてくれ」
「ああ、うん」
両親の寝室をあとにして、僕は暗い階段を降りる。もうこの数分で暑い。クーラーのある店に戻らなきゃならない。
……と、
(あれ?)
トイレの照明が消えている。不審に思いながらゆっくり降りていくと、階段の端に婆さんが立っていた。
誰もいない店を見ているようだった。
「どうした?」
「ああ、ゆうき。さっき店の前に誰かいなかったか?」
「……」
いないだろ。とは一概に言えない。外はすぐそこが道路なので、誰かが深夜に通る可能性もゼロではない。つーか、数年前に僕のチャリが、家の目の前で盗まれている。
十中八九、婆さんの見る幻覚か思い過ごしだ。しかし残り1割未満、通行人や自転車泥棒の可能性を捨てきれない。あ、野生動物の可能性もあるか。こないだもカモシカに会ったし。
「僕、ちょっと見てくるよ」
「うん。おねがいね」
念のため、僕は窓から顔を出し、外に向かって叫んだ。
「誰かおりますかー! うちにご用でしょうかー!」
返事はない。
よかった。思い過ごしだ。僕もおかしなことをしたものだよ。近所の皆さん、すみません。
「誰もいなかったぞ」
「そうかい」
「ああ」
これでお互いに、安心して寝れるよな。
「ところで、母さんはいるのかい?」
「ん? 僕の母さんか?」
って他に誰がいるんだって話だよな。この家で単に『母さん』と呼ぶなら、それは僕の母さんに他ならない。そもそも婆さんのそのまた母なら、もう30年も前に亡くなっている。
なので、僕の母さんの話だろう。
「母なら、2階の寝室にいるよ。寝ている」
「そうかい」
「ああ。心配ないよ。一緒に帰ってきただろ」
「そうだったない」
んだんだ。
「ところで、婆さんは帰ってきたかい?」
「え?」
僕は再び、耳を疑った。なんなら、僕が酔っぱらい過ぎた可能性を考えたほどだ。
しかし、婆さんはさっきよりハッキリした発音で、同じことを訊き返してきた。
「婆さんは帰ってきたかい?」
「いや、それは……」
「婆さん。今日、一緒にいたでしょ。帰ってきたかい?」
「……」
ちょっと待て。
目の前には、その婆さん本人がいる。しかしこれが『婆さん』ではない何者か、だとしたら?
婆さんは何かに取り憑かれていて、その取り憑いた何かは自分が取り憑いた対象を『婆さん本人』だと認識していないのだろうか?
それとも、僕が婆さんだと思って接してきた人物は、婆さんじゃなかったのだろうか?
「ああ……なんと言ったらいいのか分からないが、みんな帰ってきたはずだ。婆さんも心配いらないぞ」
「そうかい?」
「そうだ。婆さんもいるさ。ほら、寝床に戻ろうな」
これで婆さんの寝床に婆さんが寝ていたとしたら、いよいよもってこっちの『起きてる方の婆さん』が何者か分からなくなる。そういう展開は要らないぜ。
そんな僕の不安は、幸いにして杞憂に終わった。婆さんの寝床はもぬけの殻だ。
「ほら、おやすみ」
僕がそう促すと、婆さんは自分の寝床に潜っていく。それでいいんだ。それで……
念のため、窓の外を確認してみる。そっちを婆さんが徘徊しているようだったら、僕は婆さんじゃない何かを婆さんの寝床に寝かせた可能性がある。
結論から言えば、もう一人の婆さんが外を歩いているのは確認できなかった。いや、当然だろう。そんなもんだ。
ちなみに今、僕は店にいる。ここは婆さんの寝室と隣り合わせと言ったら少し過言なくらいの距離だ。婆さんがトイレに起きたりすれば、ここからすぐに気付くことが出来る。
もちろん、外から何者かがやって来ても、すぐに気付ける。内側の悪霊が何かをするのも、外側から悪霊が入ってくるのも、どっちも感知できるはずだ。
そんな状況で、僕はこの店にいる。今もなお、これを執筆しながら……
ゴメン。これを読んでいる人には、伝わりにくい話だよな。
僕はただ、気を紛らわしたかったんだ。だからこんなことを書いてしまった。とりあえず投稿ボタンを押して、それから婆さんの様子を見に行くよ。
じゃ、また。
酔った僕とボケた婆さん 古城ろっく@感想大感謝祭!! @huruki-rock
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