全部、君のせい
はる
全部、君のせい
夏休みが大好きだった。
平日まで細かく予定を書き込んだカレンダー、棚にしまって放置したままの教科書、真夜中まで友達と続けた通話の履歴。
道を歩きながら暑い暑いと愚痴ることさえも、キラキラしているように感じた。
本当に、大好きだったのだ。去年までは。
「む〜……」
ベットに寝転んだままスマホとにらめっこする。画面に動きはない。
ため息を1つ。
「LINE、来ないかなぁ」
たくさんの名前のなかに並ぶ「葛西新汰」の字。飾り気のない、そのまんまの名前に彼らしさを見つけて、少し嬉しくなる。
最後にメッセージを送ったのは終業式の日、3日前だ。何気ないふうを装って課題のことを尋ねた。そこから少しだけ会話をしておしまい。
「夏休みの予定、なんにも聞けてないな……」
たまたま席替えで隣になって、ちょっと気が合って、それだけ。私と葛西の共通点はそれだけしかない。
いつ部活があるかもわからないし、このままでは夏休み中1度も会えない可能性もある。
「それはちょっと、いや結構、寂しいし……」
部活のときならチャンスはなくもないが、私はバレー部、葛西は野球部。つまり体育館とグラウンド、いわば真逆の存在である。部活時間の把握は難しい。
それに、おそらく彼は私に特別な感情は抱いておらず、私が行動しないことにはどうしようもないのだ。自分から送ってみないと。
ようやく覚悟を決め、彼の名前をタップした。
開かれるトーク画面。
文字を打ち込みかけ、私ははたと手を止めた。
「……なんて送れば自然かなぁ」
普通はただのクラスメイトに部活の予定を訊いたりしないだろう。『野球部って部活いつある?』と打ち込みかけて消す。
思いつかなすぎて『部活の後、一緒に帰らない?』とまで打って我に返り、削除ボタンを連打した。それはない、直接的すぎる。
その後も悩んでいるうち、ふいにスマホがポコンと鳴った。心臓が跳ね上がる。
もしや誤送信したかと慌てて画面を覗き込んだ。メッセージを送ったのは、
「なっ……葛西から!?」
思わず口に出してしまうほど、驚いた。
ずっと待っていた、君からのメッセージ。
『よっ。バレー部忙しそうだな、部活多いの?』
「………………」
まじまじと画面を凝視していると、追加でもう1件。
『既読はや笑』
途端に思考が回り出す。
「えっ」
既読が付くのが速い。つまり、トーク画面を見ていたのが、バレた。
「え、ちょ、違っ……」
聞こえる訳もないのに1人で言い訳タイム。いやその前に、返事しなきゃ。
必死に平静を装って返事を送る。
『ちょうどスマホ見てたんだよ笑』
『部活は普段なら週2で休みあるけど、夏休みだから合宿とかもあって忙しいかな〜。でも野球部も、うちらが部活行くと毎回やってない?』
質問を投げると会話は続きやすい、絵文字の量は相手に近付ける、……。異性に人気のある友達に指南された情報を反復しつつ返事を送る。
葛西も画面を変えずに待っていてくれたのだろう、すぐに既読が付いた。ほどなくして返事がくる。
『そうだな、こっちも結構厳しいかも』
『昼だと暑すぎて練習にならないから、早朝に始まって昼前には帰ってる』
『あ、同じだ!こっちは体育館だけど、湿気で余計暑く感じるんだよねぇ』
『あーそっか、確かに体育館もキツそう』
『そのうち、帰りの時間にでも会うかもな』
何気なく送られたであろう最後の1文に、心臓が止まりそうになった。
それは、期待していいだろうか。いや、でもきっとそんな意図はないだろうし、でも。
『確かに!会えたら嬉しいね〜』
控えめなメッセージを打ち込みかけたが、消した。もう一度深呼吸をして、打ち直す。
『もし会えたら、帰りにこの前話したカフェ行ってみない?』
勢いのまま、送信。
スマホを直視するのが怖くて、ギュッと目を瞑って返信を待つ。
それは意外とすぐに返ってきた。
『いいじゃん。てか、普通に日にち決めようよ、部活帰りだと会えるかわかんねーし』
息が、止まった。
どうしていつも、君は私が欲しい言葉がわかるんだろう。
わざわざ夏休みに、しかも疲れているであろう部活の帰りに、私に会っていいんだろうか。そう思ってハッキリと誘えずにいた。なのに、君はそんな躊躇をあっさり乗り越えてくれる。
とても嬉しくて嬉しくて、でもなんだか少しだけ悔しい。
ニヤける頬を片手で押さえつつ、また返信。
『いいよ、行こう!いつがいい?』
その後も少しだけやり取りして、明後日の午後に会うことになった。
名残惜しく感じつつ、おやすみのスタンプを送った。
「はぁぁぁぁ」
大きく息を吐きだして、先程閉じたばかりのスマホを再び手に取り、今までの会話を見返した。
画面をスクロールしながら目を細める。
君に恋をして、全てが変わった。
大好きだった夏休み。学校に行かなくて良い、が学校に行けない、になってしまった。だって、学校に行けなきゃ君に会えないから。
ただ君を好きになった、それだけなのに。
「好き、なんだよ」
小さな声を呟いてから立ち上がって、カレンダーに君との約束を書き込んだ。ピンクの鮮やかな枠で彩る。
「よし」
キャップを閉めて、1つ頷く。それから、スマホをそっとなでた。
君との約束まではすぐなようで遠い。それまでに、1度でもLINEを送れたらいいな。 それから、私からもっと葛西を誘ってみよう。
せっかくの夏休み、時間はたくさんあるのだ。
有り余るそれらが君とのものになったら、きっとまた夏休みを好きになれるから。
全部、君のせい はる @flower_05
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