第28話 元男装伯爵とオネエな王子
「あら、早かったわね。さすがケリーね」
「ははは。すごいでしょおお。と言いたいところですが、グラハムたちに手を借りました」
「グラハム?来てたの?」
呆然とするメルデルを置き去りに二人は話を進めようとする。が、彼女が我を取り戻し会話に割り込んだ。
「ケリー!ベッヘンは無事なのか?何が起きたんだ?」
「メルデル様あ。ご安心くださいぃ。ベッヘンさんは少しけがをしてますが、無事ですよお。ご自宅に丁重にお送りしました。」
「怪我?大丈夫なのか?」
「はい。骨などに異常はありません。けれども2、3日はゆっくり休んだほうがいいですねぇ」
「もちろんだ。そうさせる。今から見舞いに……。しかし今からでは遅すぎるし、明日は必ず行くつもりだ。よろしいですか?サラサン殿下」
「もちろんよ。私も同行するわ。今回は私のせいでもあるし、そうね。見舞いの品も必要ね」
「見舞いの品は明日の朝に用意させましょう」
「私にお任せくださいませぇ。ジャミンから約束の報酬をもらって、もう元気100倍なんですうう」
「元気100倍?」
特殊表現だと思いながらも、メルデルはそれを聞き流して、報酬のほうを気にした。
「報酬なら本来ならばそれはキャンデル家から出すものだ。悪いがそれはジャミンに返してくれないか」
「いいえ。私から出すものよ。私のせいだもの。だから」
「とんでもないです!この報酬はジャミンさんからもらって初めて意味があるものになるのです。意外に厚い唇でドキドキしましたああ」
「厚い唇?どういう意味だ?」
「うわぁ。ケリー。ドサクサ紛れに……。本当、しっかししてるわ。色々ありがとうね」
「殿下?」
真っ赤になって悶えるケリーを前にメルデルは戸惑うしかない。そして何やら事情がわかっているサラサンに問いかける。
「メルデルは気にしなくていいのよ。それよりベッヘンが無事でよかったわね。しばらくでゆっくりしてもらいましょう。視察ももちろん延期ね。ケリー、明日の準備もよろしく頼むわね」
「はいはいさー」
「ケリー、本当に大丈夫か?別のものに頼んだほうが」
「いいえ。仕事のできる女とジャミンさんにいい女っぷり見せる機会ですう。ぐっふ、ぐっふ」
ケリーが何やら女性らしかぬ、含み笑いを漏らして、メルデルは目を丸くする。
「その辺にしておきなさいよ。ケリーありがとうね」
「お任せくださいませぇ」
「ケリー悪いな」
「ふふふ。メルデル様にはきっぱりジャミンさんを振っていただいたので感謝しております」
「ケリー?」
「もうケリーったら」
「さあて、私のこの辺で。メルデル様。ご安心くださいぃい。屋敷の皆さんには適当に説明したので大丈夫ですうう。後始末はグラハムたちがしていますので、サラサン殿下どごゆっくりぃ」
「まあ、ごゆっくりなんて。ふふふ」
「当然ですぅ。それでは。ごゆっくりぃ」
そう言ってケリーは来た時と同じように天井に消えてしまった。
「人が消えるなんて」
「消えたわけじゃないのよ。そう見えるだけ。ケリーは一流の間者なのよ。グラハムもね」
「グラハム……。彼はザッハル様の従者でしたよね?」
二人の会話の中で何度も登場し、今回大活躍だったらしいグラハム。メルデルもザッハルと面談する際に彼の姿を見たことがあった。会話はしたことなかったが、細身の男性だったと記憶があり、彼の本当の正体が知りたくて尋ねてしまった。
「そう、彼は兄上の第一従者よ。それで一流の間者なの。いつもは兄上に付きっ切りなのだけど、来てくれたのね。彼がいたから、公にならなくてよかったわ。叔父上は大騒ぎにして兄上が私を狙ったように仕向けたかったはずだろうけどね」
サラサンはくすくすと笑いながら答える。
けれどもその目は笑っていなくて、彼女は初めて見る彼の冷たい表情に驚く。
「メルデルの関係者を傷つけるなんて本当許せないわ。王宮に戻ったら絶対締め上げてやるわ」
「殿下?」
こんな風に怒りを表す彼を初めて見て、メルデルは驚く。するとサラサンは眼光を和らげた。
「あ、ごめんなさいね。ちょっと怒りに我を忘れそうになっていたわ。本当にメルデル、ごめんなさいね」
「殿下。謝罪は不要です。ベッヘンが怪我をしたことは私も許せないですが、殿下が手を下したわけではありませんから。けれども次からは私にも情報を共有してほしい。一人で抱えるのではなくて」
「メルデル!もちろんよ。叔父上を締め上げ、そのほかの連なる面々もつぶすつもりだから、次回はないと思うけど、もし何かあれば絶対に教えるわ。約束するわ」
「ありがとうございます」
彼には似合わないのだが、拳を握りしめ力説するサラサンにメルデルはお礼を言う。
「そうだわ。どうせなら、しっかり約束しましょう」
「しっかり約束?」
首を傾げた彼女は、急に彼に引き寄せられた。そして唇が重ねられる。
「殿下!」
口づけは一瞬だったが、メルデルはまだ彼の腕の中にいた。
「ふふ。約束ね。もし破ったら私の口を縫い付けてもいいわ」
「殿下」
「いやあね。約束をやぶることなんてしないから、そんな顔しないの。可愛すぎて離したくなくなるじゃないの」
「可愛い……そんなこと」
「メルデルは可愛いわ。私の愛しい妃。結婚してくれてありがとう」
「殿下……。私こそ。私の、お、夫になってくださってありがとうございます」
ずっと気を張り詰めて生きてきた。
男装していることで彼女は自分の存在を認めてもらえていると思っていた。
女性だとばれて絶望した彼女を救ったのはサラサンだった。
その発端を作り、彼の妃という道を無理やり選ばされたのは事実。
けれども彼と共に過ごすことで、自然体でいてもいいのだと自信が持てるようになっていた。
正直な気持ちを伝えることができたとメルデルは彼を見上げる。
するとサラサンは顔を真っ赤にしていた。
「殿下?」
「メルデル!」
ぎゅっと背中に回された手に力が入った。
「もう、一生離したくないわ」
囁きが聞こえ、彼が再び唇を寄せてくる。彼女を目を閉じて優しい感触を受け止めた。
☆
「だめ?」
「だ、だめです!」
口づけからベッドに運ばれて、メルデルは我に返った。
「いいわ。王宮に戻ってからたっぷり可愛がってあげる。さて、寝ましょう」
サラサンの諦めが早くて少しばかり唖然としながらも、やはり安堵の気持ちが大きくてベッドに横になる。
メルデルが眠りに落ちるのは早かったのだが、その隣のサラサンは男としての性と一晩中格闘していた。
翌朝、二人はベッヘンを見舞った。
彼が負傷したのは狼に襲われたためということで、ご丁寧に狼の死骸までケリーは用意していた。実際グラハムたちが森深くで狩った狼であるのだが、ケリーは自身の手柄としてちゃっかり伝えた。
グラハム達は夜が明ける前に捕縛した賊と共に王宮に戻った。
ベッヘンの回復をまって視察をしたかったのだが、王弟カスキスの悪事が公になり、サラサンは王宮に戻らざる得なくなった。
メルデルも共に戻ることを決め、二人は王宮に戻る。
カスキスに加担した貴族、所謂カスキス派と呼ばれる者たちは一掃され、現国王は第一王子ザッハルに王位を譲った。
王位継承の儀やなんやらで、サラサンは忙しく動き回り、落ち着いたのは1か月後だった。
「ああ、待ちにまったこの日だわ。メルデル。いいわよね」
「はい」
初夜から半年後、二人はやっと正真正銘の夫婦になる。
男装することで、自身の立ち位置に自信が持てた元男装伯爵。
オネエな王子の妃になることになり、彼の奔放さ、優しさに触れ、彼女は男装しない自分でも人々に認められると自信を持てるようになった。
こうして元男装伯爵はオネエな王子と結婚して、幸せになりました。
めでたし、めでたし。
女だとばれて伯爵家の当主の座を追われ、オネエな王子と結婚することになりました。 ありま氷炎 @arimahien
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