第27話 事の真相
森の中には道に迷った者のために、小屋が建てられていた。
領民の親切心で、少しばかりの保存食、薪木が備蓄されているのだが、それを我が物顔で男たちは利用していた。煌々と焚かれる暖炉の火。そこに鍋をぶら下げ料理までしている。
腹が減って待ちきれないものは干し肉をかみちぎっていた。
「おい、おいぼれ。素直に書けっていってるんだろうが?」
親切心も行き過ぎなのか、酒まで用意されていて酒に酔った男が声を荒げた。
おいぼれと呼ばれた、品のいい老年の男ーーベッヘンは怯える様子もみせず、男に睨む。
「お前さんたちのような奴に協力する謂れはない」
「あんたに選択肢はないんだよ!」
壁に寄りかかって様子を見ていた男は急に動き出し、床に座らされていたベッヘンの脇腹を蹴った。
受け身もとれない彼は蹴られた勢いで壁まで飛ばされる。かけていた眼鏡は衝撃のため、床に叩きつけらえていた。
呻き声をあげながらもベッヘンは体を起こす。
髪は乱れ、唇からは血が少量流れていた。
「おい、殺したら人質の意味がないだろうが!」
酔っぱらっていた男はふらふらとしているベッヘンを見て、素面に返ったようだった。
「こんだけ強情だ。協力なんてしないだろう。もとより計画ではこいつをさらうつもりはなかった」
「だが」
男たちはベッヘンに姿を見られ、詰問されたことから慌てて彼を浚った。
キャンドラ領に2週間ほど前から滞在している男から、彼が領主代理と聞き人質にすることを急遽決めた。当初の目的はメルデルであったのだが、彼を利用すればメルデルを脅して、その夫で第二王子のサラサンを引き渡すだろうと、考えたのだ。
「この爺はもう消したほうが早いだろう。こうなれば。計画は練り直しだ」
「それはまずいぞ。早く実行しないとカスキス様がお怒りになる」
「おい!名を出すな」
ベッヘンを蹴った男が注意をするが、それは遅かった。
「やはり、カスキス様か」
「お前は誰だ!」
突然天井からするっと現れた影に、男たちは怯えを隠さなかった。
「私もいますよお!」
影は問いに答えることはなかったが、陽気な声と共にもう一つ小さな影が現れる。
「ベッヘンさんになんてひどいことをぉ!お仕置きよ!」
小さな影ーーケリーは壁際でうずくまっているベッヘンの姿を目に入れて、顔をしかめると懐から小剣を取り出した。
☆
「それで今回ベッヘンが行方知らずになったことと、殿下はどう関係があるのですか?」
本来なら現領主であり、当主でもある弟に事を話し、ベッヘン捜索に人を出したかった。しかしサラサンが何やら事情を知っているようなので、部屋に戻り扉を閉めるとメルデルは開口一番に問いかけた。
「まあ、座って。座らないと落ち着いて判断は下せないわよ」
問いに答えるよりも先にそう言われ、気持ちが焦っていることは事実だったので、勧められ椅子に腰かけた。人払いはしており、部屋の中には二人だけ。けれどもあたたかい紅茶が準備されており、サラサンが優雅にカップを手に取る。
「サラサン殿下」
落ち着くことが大事だとはわかっているが、早く真相が知りたくてメルデルはせかす。
「ごめんなさいね。今話すわ。キャンドラ領に来る前に妙な情報を入手したのよ。兄上が私の命を狙っていると」
「それは」
思わぬことを話され、彼女は言葉を詰まらせる。
第一王子ザッハルとサラサンが二人でいるところを何度も見ているが、とても仲の良い兄弟に見えた。また義妹にあたるメルデルにも優しい。特にその妃のことは最初は誤解してしまったが、誤解が解けた今は姉のように思えるほど、よくしてもらっていた。
「ふふふ。驚かせてごめんなさいね。これは偽の情報よ。私にわざと知らせたみたいなのよ。私と兄上を仲たがいさせて、利を得ようとしている者がいてね」
青ざめた顔をしたメルデルを安心させるようにサラサンは微笑んだ。
「まったく、私を直接狙えばいいのに小賢しいわ。だからこそ、叔父上に王位を渡すなんてもってのほかなのよ」
「叔父上……。まさかカスキス様なのですか?」
「そう。ベッヘンをさらったのは叔父上の使い。大方ベッヘンを介してあなたに働きかけ、私を殺すつもりだったかもね」
「そんなことはいたしません!」
例え小さい時から世話になっているベッヘンの命を盾に取られても、メルデルはサラサンを傷つけるようなことをするつもりはなかった。また、ベッヘン自身がそれを許さないだろう。
そう考え、彼女はある可能性に思い至る。
「サラサン殿下。あちらにベッヘンを傷つける意図はなくても、ベッヘン自身が死を選ぶ可能性があります。やはりすぐに人を!」
「メルデル様あ!お待ちになってえ!」
天井から声が降ってきたと思うと、影が落ちてきた。
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