第26話 それって陰謀?

「屋敷から人を出します」


 どうにかジャミンを無理やり帰宅させてから、メルデルは相談というよりも自分に言い聞かせるようにそう言う。


「ケリーのことを待ってから、でいいかしら?それに、今のあなたは当主ではないわ。あなたの一存で屋敷の使用人を動かすことはできないでしょう?」

「しかし」


 サラサンに説き伏せられたが、彼女は納得できなかった。

 メルデルが当主の座を降りたため、年若いカイゼルでは心もとなくて、ベッヘンに代理を任せてしまった。それだけでも迷惑をかけているのに、彼に何かあればと思い、メルデルは焦っていた。

 先ほどまではジャミンが少し冷静さを欠いていたため、彼女自身は逆に落ち着いて状況を見ることができた。彼が屋敷を後にしてから、メルデルは気持ちを焦らせていた。


「ケリーは優秀よ。それにベッヘンはまだ大丈夫のはずよ」

「どういう意味ですか?」

「詳しくはまだ言えないけど、多分私のせいでベッヘンが行方不明になっていると思うのよ」

「それは、」

「部屋で話すわ」

 

 そうしてサラサンと共に部屋に戻った。



「ここで消息が途絶えているっぽいですねえ」


 ケリーはベッヘンの本日の予定を考え、その痕跡を追っていった。闇眼が聞く彼女はベッヘンが馬に乗って移動していることを踏まえ、馬蹄の跡を探る。

 そうして、屋敷に戻る前の一本通りの道で、数馬の蹄鉄の跡を見つけた。さすがにベッヘンの乗っている馬の蹄鉄までは区別できないが、馬蹄は屋敷ではなく、道を外れ森に繋がっていた。

 森に入ると完全に痕跡を失ってしまい、ケリーは息を吐く。


「連れ去れらたと考えるほうが妥当ですねえ」


 夜の森に不用意に入るのは無謀だった。

 目を凝らして真っ暗の森を見つめた後、報告することは少ないが、とりあえずジャミンに伝えようと踵を返す。

 途端、気配を感じてケリーは飛び退いた。

 気配は一つだけではなく、彼女は懐から小剣を取り出す。


 ーー囲まれたあ?この私が?


 ケリーは自分の力量に自信をもっている。この状況は腑に落ちず、周りを囲む影を睨んだ。


「ケリー、だな?」


 目の前の影が問いかける。

 声には聞き覚えがあり、安堵と同時に新たな疑惑が沸く。


「一緒にきてもらう。いいな」


 間者にとって囚われることは屈辱以外のものでもない。拷問を受けるくらいなら死んでしまったほうがいいと彼女の同僚たちが死を選ぶことはよくあることだ。

 けれども、ケリーは静かに小剣を下ろす。

 

 彼女を捕らえた影は、第一王子ザッハルの筆頭従者だった。同時に腕のいい間者でもある。通常は間者として動くことはなく、従者として仕事を全うしている。

 この場にいたということは、ベッヘンの消息を知っている可能性があった。

 なのでケリーはおとなしく彼に囚われることにした。


 ☆


「お兄ちゃん!」


 家に帰った兄の姿を認め、ジュリアはすぐに彼に抱きつく。

 珍しく甘えた様子に彼女の不安を認め、ジャミンはその頭を撫でた。


「帰りが遅くなって悪かった」

「ううん。いいの。それよりも、お義父(とう)さんが帰ってこないの!」

「知ってる。俺も屋敷でずいぶん待ったんだ。だけど、戻ってこなかった」

「じゃあ」

「このことはサラサン殿下に任せている。俺たちはおとなしく家で待つんだ」

「お兄ちゃん!」


 サラサンのことは信用しているが、ジュリアはなじるように兄を呼ぶ。


「メルデル様も知っている。あの方がベッヘンのことを放置するわけがない。だから、心配ない」

「……うん。わかった」


 ジュリアは震えるジャミンに気がついて、その背中を抱きしめた。

 兄に抱きつきながら、今はメルデルとサラサンを信じて待つしかない、そう自分を納得させた。


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