人造肉のグルメ

甲斐田悠人

人造肉のグルメ

「木村くん、僕と珍しい肉を食べてみないかい?」

「いきなりなんですか、先輩」

 仕事中に小池先輩が急に振ってきた話題についていけなかった。

 回転椅子をくるりとこちらに向けてターンさせると

「たまには後輩と違うものを一緒に食べに行くのもいいんじゃないかなって。ほら、いつも居酒屋だったりファミレスだったりするからさ」

 相変わらず、この人は格好いい人だなぁ。

 スラリとした長身に雑誌やTVのモデルにも引けを取らない甘いマスク。社内の女性たちからも当然大人気で、いけすかない会社の上司からも評判がいい。その上、俺みたいな後輩にまで気を使ってくれる完璧な人。

 仕事も丁寧にわかりやすく教えてくれてお世話になりっぱなしだ。

 これほど優れた先輩がいて俺は幸せだと思う。

 でも、だからこそ断っておかねばならない。

「悪いですよ、そんな。別に俺はいつもの居酒屋でもファミレスでもいいんで」

「でもさ、僕らも一緒に仕事をするようになって三ヶ月も経つわけじゃない。そろそろ、僕のとっておきのお店も紹介しておきたいなって」

「とっておきの店ですか……」

「そう。人造肉って知っているかい?」

「知ってますよ、それくらい」

 人造肉。人の手が加わったことで造られる肉のことだ。植物の繊維などから造られるものもあれば動物の細胞を培養液の中に入れて育てて造られるものもある。

 存在するのは知っていたけど食べたことはなかった。

「その人造肉がどうかしたんですか?」

「僕が紹介したいとっておきのお店ってのは人造肉を扱っているお店なんだよ。そこじゃ、普通のお店では食べられない肉も食べられるんだ」

「普通のお店じゃ食べられない肉ですか。それはちょっと興味がありますけど……。でも、人造肉の味ってあまり……」

「味のことなら心配ないよ。きっと君も気に入るさ。僕が思うに君には素質があると思うね」

「肉を食べることに素質なんてあるんですか?」

「あるよ。その店で扱っている肉は特別なものだからね。定時になったら僕と一緒に行こうか。奢ってあげるよ」

 奢りという甘い誘いの言葉が出てきて、ついつい俺は――。

「はい、ぜひともご一緒させていただきます!」

 大声で叫んでしまった。

 下っ端サラリーマンは奢りという言葉に弱いから仕方がない。



 定時になって、会社から小池先輩と一緒に出ると外でNF(自然至上主義 Nature Farst)党が反政府デモを行っていた。

 NF党は過激的な自然愛護団体で、最近の政府が行った海外からの客を誘致するためのゴルフ場開発が原因で起こった大規模な自然破壊に怒りを露わにしていた。

 彼らは最近起こる気候変動は人間による環境破壊によって引き起こされるものだと思っている。

 実際、世界各地で異常気象が起こっていて、砂漠が広がっていたり、南極の氷がどんどん溶けていったせいで海に沈んだ国もある。

 世界的に貧富の格差がより拡がっていて、日本でも餓死する子供が出てくる程だった。

 そんな社会情勢の不安から、NF党は急速に勢力を増していった。

 今じゃ、日本最大野党にまで成長している。

 それを遠巻きに眺めながら「今日もデモが盛んですね」と呟く。

 政治的なことには俺はあまり興味がなかった。

 今日を生きるので精一杯だ。

「そうだね。実際、政府の政策もひどいよ。彼らの神経を逆撫でするようなものさ。少なくとも僕なら許せないね」

「余計な事をしてしまったって感じですよね。むしろ、NF党への挑発行為なのかもしれませんけど」

「ああ、それは僕の友人も似たようなことを言っていたね」

 遠巻きに彼らの様子を眺めていると胸に着けた金色のバッジが目に入る。

 バッジはNF党員である証で、自然を守ることを強調するために双葉の模様が施されている。

 普通の人とNF党員を見分ける方法はバッジの有無で決まる。

 バッジをつければその人はNF党員といっても過言ではない。

 仕事柄、彼らのことはよく知っている。

 なんせ、うちの会社は環境にいいエコ商品を作って売ることを主にしているからだ。

 紙ストローやエコバッグなど身近にあるもので環境にやさしい商品をお客様に提供する。

 NF党員はうちの会社の大事なお客様なのだ。

「こっちだよ」

 先輩に呼びかけられて、いつの間にか距離が離れていることに気付く。

「待ってくださいよ」

 先輩の元まで駆けていく。

 どうせ、俺が仕事以外でNF党員と関わるようなことなんてあるまい。



「ここだよ。この階段を下りるんだ」

 連れてこられたのは街の裏通りだった。

 周囲には人気がなく、赤い看板が外に立っているだけだった。

 看板には人造肉を扱っていますとだけ書かれてある。

 地下へと下りる階段があって、扉を開けた先に店があるようだ。

 いかにも秘密のお店って感じがする。

 どんな料理が出てくるんだろうか。

「入ろうか」

「はい」

 階段を下りていって、中へと入るとそこには木組みの西洋風のお洒落なレストランがあった。

 扉に付けられていたベルの鳴く音に気付いて、店員が急いでやってくる。

「当店は会員制となっておりまして、会員カードが必須ですが、お客様は会員カードをお持ちでしょうか」

「ええ、これでいいですか」

 先輩は財布の中から黒く金字で書かれた高級感溢れるカードを取り出した。

 店員はカードを見るや、「確認いたしました。お好きな席へどうぞ。」と一礼して去っていく。

 こんなやり取り現実でもあるんだ。

 下町育ちの俺からしたら、ドラマや映画でしか見たこともないようなやり取りだった。

 やっぱり、小池先輩はすごい。

 それから俺たちは適当な席に座って、テーブルの端っこに立てかけられたメニュー表を手に取った。

 開いて、書かれてあるメニューに驚く。

「ええっ! これ本物ですか!?」

「本物じゃないよ。言っただろう、人造肉ってさ」

「いや、でもこれは驚きますよ」

 メニューにはかつて絶滅した恐竜や絶滅した動物の肉料理や魚料理が記載されていた。

 先輩の言う通り、この店は本当に特別な店だった。

「この店のメニューに載っている肉料理はね、絶滅動物の遺伝子を解析してそれをそっくりに再現した植物由来の人造肉を料理として出しているんだ。

昔の人類ですら食べたことのないものが食べられる。それでいて、動物たちが傷つくことのない素晴らしい店さ」

「こんなすごいお店に連れて行ってくれて感謝しかないですよ。うわぁ、どれを食べようかなぁ」

「焦らず、ゆっくり決めていいよ。最初は僕もどれから食べようか悩んだからね」

 メニューの中で一際目立ったものがあった。

 ティラノサウルスのもものステーキ。

 最も有名な肉食恐竜。

 大きな顎で当時の草食恐竜を捕食していた最強とうたわれる恐竜。

 原始人ですら食べたことのないものを現代人が食べることができるなんて不思議な気分だが、こういったものが食べられるのは科学の進んだ現代人の特権なのかもしれない。

 選ぶとしたらこれしかない。

「先輩、俺はティラノサウルスのもものステーキにします。これ、食べてみたいです!」

「じゃあ、僕はステゴサウルスの赤ワイン煮にしようかな」

 ステーキの焼き加減はミディアムでいいかな。

 ドリンクは俺はビールを頼んで、先輩はウーロン茶を頼んだ。

 メニューが決まったので店員へと声をかける。

 店員はすぐにやってきて、俺たちが注文すると紙にサッとメモをして厨房まで去っていく。

 先輩がとっておきの店というだけあって、店員の振る舞いも素晴らしかった。

 それにしても、ティラノサウルスのステーキかどんな味がするんだろうか。


「お待たせいたしました。こちらティラノサウルスのもものステーキとステゴサウルスの赤ワイン煮となっております」

 待望のティラノサウルスのもものステーキ。

 熱々とした鉄板の上に乗っかっているステーキはとても植物由来のものとは思えない。

 テーブルの横に備えられていたナイフとフォークを手に取り、ゆっくりと切っていく。 

 見た目は普通のステーキとは変わらない。

 味はどうなんだろう。

 ワクワクしながら口へと運ぶ。

 口の中に広がる香ばしい香り。

 その味は――。

「なんだか、鶏肉みたいですね」

「そりゃそうさ。恐竜は鳥の先祖だからね」

 とは言っても、食べたことのないステーキはやはり新鮮で特別な気持ちにしてくれる。

 こんな体験ができるなんてついているな。


「おい、あんた新参だろう」

 声をかけられて振り向くと見知ったバッジが目に入る。

 ゲッ、NF党員だ。

 関わらないようにしたかったのに。

 というか、なんでこんなところに?

「心配すんな。取って食いはしないから、そうビクビクするな。ここに来たってことは俺らの仲間みたいなもんだからな。おすすめの人造肉を教えてやるよ。ドードーの手羽先だ。美味いぜぇ」

「せっかくだから頂いてみようか? ね?」

「そ、そうですね。先輩」

 先輩よく物怖じせずに接することができるなぁ。

 ドードーの手羽先を頼んだが、やはりそれも絶品だった。

 このお店のお肉は植物由来とはいえ、本当に本物のお肉と遜色ない。

 料理を勧めてきたNF党員はいつの間にか僕たちの隣に座って酒を飲んでいた。

 大分、酔っているな。

 でも、悪い人ではなさそうだ。

「そういえば、なんでこのお店に通っているんですか? NF党員といえばベジタリアンってきいてましたけど」

「絶滅動物の人造肉を食べることで人類の罪深さを知るためさ。俺はここで人類が絶滅させた動物の肉を食べることで環境破壊の愚かさを実感するんだ」

「なかなか重いですね」

「そうでもないさ」

 俺は今までNF党員に対して偏見を持っていたのかもしれない。

 彼らには彼らなりの悩みがあったのだ。

「それに俺らはベジタリアンじゃない。肉だって食べるさ。ベジタリアンってのは世間が俺らNF党員に植え付けた偏見ってもんだ」

「そうなんですか?」

「木村くん。NF党員だって人間だよ。肉くらい食べるさ」

「そうですね。僕もテレビの偏見とか信じちゃっていました」

「なあに、気にすることないさ。そういうのには慣れている」

 酔ったNF党員は軽く流して立ち去っていった。

 なんだか今まで偏見を持っていた自分が恥ずかしい。

 その時だった。

 店員が最後の肉料理を持ってきたのは。

「以上で最後のメニューとなります」

「これ、誰が頼んだですか?」

「僕だよ。このお店に来た木村くんに最後にとっておきのお肉を食べさせてあげようと思ってね」

「ありがとうございます、先輩」

 最後のお肉はまた一段と格別だった。

 今まで食べたことのない味だった。

 ジューシーで歯ごたえがあって、肉汁が溢れて止まらない。

 ティラノサウルスやドードーよりももっと美味しい。

「先輩、俺今日食べた中ではこのお肉が一番美味しかったです」

「よかった。君には素質があると思ったんだ」

 会計を済ませて店を出る。

 いやぁ、今日は実にいい体験をさせてもらったなぁ。

 

 先輩と二人で夜道を歩く。

「今日は本当に小池先輩のおかげで素晴らしい体験をさせてもらいました」

「いやいや、それほどでもないよ」

「そういえば先輩。最後の肉は何の肉だったんですか?」

「最後の肉かい。それはあの肉だよ」

 先輩は街頭テレビを指す。

 ちょうどニュースがやっていた。

『本日未明、ゴルフ場開発を進めていた財務大臣が行方不明になりました。警備員は襲われ、病院に搬送されています――』

 あまりにも衝撃的なニュースで口をポッカリと開けた。

 NF党員はついに財務大臣を襲ったのだ。

 待ってくれ、先輩はあの肉って言ったけどそれってつまり――。

「これで君もNF党員の仲間だ」

 金色のNF党員の証たるバッジを付けられる。

 酔ったNF党員が言った言葉を思い出した。

「俺らはベジタリアンじゃない。肉だって食べるさ」

 NF党員が過激な環境保護団体であることをここにきてようやく俺は理解したのだった。

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