第15話 月見の会前日譚
竜帝国では、奇数月の末ごろに月見の会が開かれる。皇族、高級貴族、文武の高官らを招き、日頃の労を労うというものである。
その月見の会を利用して、皇帝に月香蘭をお披露目しようというのが、明鈴の魂胆であった。そこで皇帝に気に入られれば、異民族である月香蘭も後宮での地位は確実になり、ひいては明鈴の手柄にもできる。
明鈴は名実ともに飛燕派の人間であり、最終的には燕貴妃の立場を確かなものにできると明鈴は考えていた。
それに皇帝の鶴の一声で月香蘭が寵愛をうければ、彼女が子持ちであっても大丈夫だろう。すなわち、皇帝の鶴の一声をもらわないといけないのだ。
燕貴妃は皇帝の好みのど真ん中をついたと明鈴は思っている。だから、ある意味容易であった。それに燕貴妃の天性の愛されやすい体質というのが、幸いしてうまくいった。
月香蘭は好みとは少し違うが、別の目線から皇帝に気に入ってもらおうというのが明鈴の作戦の根幹だ。
そうすることによって違う人間性の妃を皇帝の側に置くことができる。
一人の寵姫にのめり込んだため、滅びた王朝はいくつもある。そのことも玉皇太后は危惧していたのではないかと明鈴は推察する。
月見の会まではあと五日ある。
それまでに最終仕上げをしなくては。
やりすぎるということはないと明鈴は考える。
まず、明鈴は月見の会に月香蘭に着せるための衣装をとりに銀蝶屋にむかった。むろん、月香蘭をともなってである。
月香蘭の息子志真は
「頼まれていた衣装は完成しました」
明鈴と月香蘭を出迎えた銀蝶舞は言った。
店の奥に行き、さっそくその衣装に着替えてみる。
「しかし、かわった
銀蝶舞は明鈴をちらりとみる。その間も手を休めずに月香蘭にその衣装を着せる。
明鈴が銀蝶舞依頼した着物は冬の雪景色が描かれた反物を使ったものだ。
月香蘭の豊かな胸をひとつの布ですっぽりと覆い、背中の部分の紐できゅっと結び、乳房を固定できるというものだ。
「しかし、この発想はなかったですわ」
衣装をつくった銀蝶舞も感心していた。
「どう、くるしくないかしら?」
明鈴は月香蘭に訊いた。
「いえ、むしろ乳房が固定されて心地よいほどです」
自身の胸を両手でもちあげ、月香蘭は答えた。
「明鈴様、これはどういったものなのですか?」
銀蝶舞は訊く。彼女としてもはじめて作ったものの
「うーん。出所はちょっと言えないのだけどこれは名づけて
顎先に手をあて、明鈴は言った。
さすがに
「なるほど、乳袋か。これは儲かる予感がしますね」
銀蝶舞は商売人である。ここに商機を見出だしていた。
事実、この乳袋は貴族や裕福な商人の婦人たちの間で大流行する。豊かな乳房のものは形をしっかり保つことができ、控えめな乳房のものは布の厚みをますことによって見た目をよくすることができた。
やがて庶民の間にもひろがり、乳袋は竜帝国において婦女子のたしなみとなるのである。それにともない、てん足はすたれることになる。
この乳袋を製作販売した銀蝶舞は巨万の富をえることになる。
さて、次は楽士探しである。
月香蘭の躍りは天才的でそれだけでも魅力的であったが、明鈴はさらに完璧に仕上げたいと考えた。
舞踏に音楽がくわわれば、皇帝の興味を完全に鷲掴みにできると明鈴は推察する。人を楽しませることに手を抜いてはいけない。しかも相手は竜帝国で最高位にある皇帝である。やりすぎぐらいでちょうど良いのだ。
しかし、この楽士探しが思ったよりも難航した。
宮廷の楽士たちが皆首を左右にふったのである。
そのような出自が不確かな者に自らの技量を貸すわけにはいかないというのが主な理由だった。
「きっと霊賢妃が妨害しているのですよ」
ぷりぷりと
明鈴も同意したいが、確たる証拠はない。もしかすると楽士たちは本当にそう思っているのかもしれない。
困っていた明鈴に岳雷雲が声をかけてきた。
「もしよろしければ、我が百鬼隊の楽士を紹介しましょうか?」
軍隊と音楽は密接な関係にある。命令に笛や太鼓をよく使うからだ。
音楽を使い、指揮系統をまとめたのが皇帝竜星命である。
岳雷雲がつれてきた楽士は
その楽士を烏次元の屋敷に連れ帰り、月香蘭の躍りを見せてみた。
もちろんあの乳袋の衣装をきせてである。
「これは創造力をかきたてる躍りですな」
琵琶を手に持ち、義夢は即興でひきはじめる。
その音を聞き、月香蘭は再び躍りだす。
月香蘭の激しい躍りにあわせて義夢が琵琶をかきならす。
月香蘭の揺れる豊かな胸が優蠱惑的であり、義夢の激しくかき鳴らす琵琶の音は魅力的で明鈴はおもわず聞きいってしまった。
「我がこと成った!!」
二人に拍手して、明鈴は言った。
そして月見の会の当日となったのである。
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