第14話 第二のお妃への道
まずは腹ごしらえとばかりに
猫舌の
鶏ガラの出汁がきいて、湯麺はとても美味しかった。
「温かくて美味しいわ」
月香蘭は志真の口元をふきながら、言った。
お腹も満たされた明鈴たちは本題に入ることにした。
志真の面倒を小梅と麻伊にたのみ、明鈴は月香蘭を別の部屋につれていく。
そこは空き部屋であった。住人の少ない烏次元の屋敷には使っていない部屋がけっこうある。掃除は皆でてわけしているので、かなり綺麗だ。
「では、あなたに皇帝陛下が気に入ってもらえるようあることを伝授します」
明鈴は言った。
「はい」
月香蘭はこくりとうなずく。
「それではまずこの踊りを覚えてもらいます」
明鈴はそう言うとくるくると回り始める。複雑な足さばきで、ある躍りを披露する。
それはあの世界で、もじゃもじゃ頭の青年が見ていた石板の中で少女たちが踊っていたものだ。記憶をたどり、できるだけ正確に再現する。
その様子をじっと月香蘭は見ている。
「はあっはあっ……」
激しく動いたので明鈴は息切れをしている。背中にしっとりと汗をかている。
「かなり変わった躍りですね」
形のいい顎先に指をあて、月香蘭は言う。
竜帝国の躍りは優雅にゆっくりと踊るのが最上とされていた。このように激しく動くのは下品とされた。
「本当にこの躍りで皇帝陛下は喜んでくれるのかしら?」
月香蘭は疑問を明鈴にぶつける。
「きっと喜んでいただけます。さあ、もう一度やるから覚えてちょうだい」
明鈴はそう言ったが、それを手のひらを向け、月香蘭は制止した。
「大丈夫です。もう、覚えました」
その言葉に明鈴は正直に驚愕した。
さすがは踊り子だとも思った。
一度軽くお辞儀をし、月香蘭は踊り出す。
それは明鈴が見せたものをより洗練させ激しくしたものだ。何度もくるくるとまわり、かるく跳躍し、さらに両手を複雑に交差させる。
その見事な躍りに明鈴は思わず拍手した。
「これはすごいわ」
感嘆の声を明鈴はもらす。
「ありがとうございます」
と月香蘭は会釈する。
「それでは躍りのしめにこの姿勢をとってください」
そう言い、明鈴は右手の中指と人差し指だけを立て、それを顔の横にもってくる。
「その際、片目だけ閉じるのを忘れてはいけません」
明鈴は言い、手本を見せる。
初めて見るその姿に月香蘭はおもわず吹き出してしまう。
「ほ、本当にそんなことをするのですか」
笑いながら月香蘭は言う。
「ええっそうです。この姿勢が皇帝陛下の心をつかむものなのです。しっかりと覚えてください」
いたって真剣な眼差しで明鈴は言う。
「ええっまかせてちょうだい」
月香蘭はそういうと先ほどの躍りをもう一度する。
それは明鈴が見せ、先ほど月香蘭自身が演じたものをさらに激しく華麗にしたものであった。そして最後に明鈴が指示した姿勢をとる。
さすがの月香蘭も息を乱している。
「完璧だわ。まさかあなたの躍りの才能がここまでとは思わなかったわ」
形のいい胸の前で腕を組み、うんうんと明鈴は大きくうなずいた。
これは良い人をみつけたわ。皇帝陛下の喜ばれる顔が今から思い浮かぶわ。と明鈴は思った。
「ねえ、明鈴さん、こんなのはどうですか?」
月香蘭は両手の指を中指と人差し指だけたて、それを頭の左右にもってくる。
その姿勢を見て、明鈴の体に落雷のような衝撃が走った。
月香蘭の才能に恐ろしさすら覚えた瞬間であった。
「それだわ。それよ。ものすごく可憐だわ」
おもわず月香蘭の豊かな体に抱きついた。
皇帝陛下を喜ばせる躍りについては安心だ。あとは好かれるための話題が必要だ。
「あなたの躍りは完璧だわ。さあ、こっからが本番よ」
そう言い、月香蘭に休憩させ、明鈴は書庫に消えた。
明鈴は数十冊の本を抱え、戻ってきた。
「明鈴さん、それは?」
月香蘭は訊く。
「これは海王演義よ。あなたにはこの本の内容を細部にわたるまで理解してもらいます」
その提案に月香蘭は背中に冷たい汗が流れるのを覚えた。
月香蘭は体を動かすことは得意だが、勉学はからっきしだった。
明鈴が持ってきた本は海王演義というもので世界の海を支配する海王を目指す少年の物語だ。皇帝竜星命の肝いりで編纂させたものだ。各地にちらばる伝説や説話をひとつにまとめ、それを一本の物語に仕上げたものである。
さらに挿し絵を多く入れることにより女子供でも読みやすくしたものだ。
皇帝竜星命はこれを軽書と名付けた。
読み書きの不得意な月香蘭のために明鈴は傍らで、その海王演義を読み聞かせた。
これにはかなり骨がおれた。
躍りはすぐに覚えたが、演義の中の人間関係などはかなり複雑でそれを覚えさせるのにけっこうな時間が必要だった。
海王演義全百巻を通して読むのに三日ほどかかった。
途中、烏次元が加わり、演義の内容を噛み砕いて説明した。
「次元様の説明、すごく分かりやすいですわ」
白湯を飲みながら、月香蘭は言った。
烏次元は人間関係を紙に書き、解説した。
「この本の編纂に私もかかわったのだよ。皇帝陛下は文化事業にも熱心なお方だ。庶民でも物語を楽しめるようにできるだけ簡単な表現で、挿し絵をふんだんに使用するように命じられた。この本の作成にあたり、陛下は活版印刷なるものを考案なされた。それに挿し絵の版画の技術も格段にあがったのだ」
我がことのように自慢気に烏次元は語る。
さらに二日ほどその海王演義について烏次元の講義が続いた。
勉学の不得意な月香蘭も分かりやすい烏次元の説明により、物語の内容を完璧に理解した。さらに自分なりの感想を持つようになった。
「私が好きな場面は海王が一度裏切った船員を許すところね。そのときの当たり前だっていうのが鳥肌がたつほど感動したわ」
その月香蘭の言葉を聞いて、明鈴は安堵した。
そして完璧だと思った。
月香蘭がこれほどの逸材に成長するとは予想以上だ。
「それで月香蘭をいつ陛下に会わせるのだ?」
烏次元は明鈴にきいた。
「そですね、今月末の名月の会が適当かと私は思います」
明鈴は答えた。
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