第12話 第二の妃候補

 その反物屋は白鯨屋はくげいやから少し歩いたところにあった。

 店の名を銀蝶屋といった。

 そこまでの道中、小梅シャオメイはずっと楊紫炎ようしえんと手をつないで歩いていた。 

 その姿を見て、明鈴めいりんは正直うらやましいと思った。自分も烏次元とこのように歩きたいと思った。だが、それはかなり難しいだろう。後宮の仕事で忙しい彼は、街に買い物にでかけるなんて時間はほぼないだろう。それに宦官のことをよく思わない街の人は多い。あの、白鯨屋の店主のようにだ。烏次元自身が悪いわけではない。彼自身は善良で優しい。それは一緒にくらしている明鈴はよく理解していた。だが、それまでの宦官が権力にかさをきて、庶民にひどいことをし続けた結果、宦官全員が悪く思われている。それを払拭するのは生半可な努力ではないだろう。


 そんなことを考えていると楊紫炎の知り合いが営むという反物屋についた。

 店の名前は銀蝶屋ぎんちょうやといった。

 背の高い、豊かな体をした女店主がで迎えてくれた。わざと大きく襟元をあけ、その深い胸の谷間をみせつけていた。右側だけが長い髪型をしていて、顔の半分がかくれている。落馬髪らくばはつという最近帝都で流行している髪型だ。馬から落馬したときの髪に見えるから、そのように呼ばれている。

 店主の名を銀蝶舞ぎんちょうぶと言った。

「これはこれは将軍、おひさしゅうございます」

 銀蝶舞は深くおじぎをする。

「わっあの人の乳房、おっきいですね」

 どこかうれしげに小梅は言う。

「これっ小梅、失礼ですよ」

 明鈴はたしなめる。たしかに同性の自分でもみとれてしまうほど、銀蝶舞の乳房は大きく豊かであった。


「はははっいいのですよ。で、将軍。そちらの方々は?」

 銀蝶舞は交互に明鈴と小梅を見る。

「こちらは友の烏次元殿のご内儀(妻)の明鈴殿と義妹の小梅シャオメイ殿だ」

 楊紫炎は二人を銀蝶舞に紹介する。

 明鈴と小梅はていねいにお辞儀をする。

「それはそれはご丁寧に」

 にこやかに銀蝶舞は笑顔で挨拶する。あの白鯨屋の店主とは真逆の対応だった。楊紫炎の話ではお金さえ払えば、銀蝶舞は身分や出身はまったく気にしないという。それが銀蝶屋の経営方針であった。

「それでどのようなものをお探しで」

 銀蝶舞は訊く。左目で明鈴の姿を頭から爪先までさっとみる。

「ええっ着物をいくつか仕立ててもらおううかなと」

 明鈴は言い、小梅が私も私もと手をあげる。


「かしこまりました。いくつかみつくろってきましょう」

 そう言い、銀蝶舞は奥にきえる。女中が明鈴たちに茶を用意してくれる。

 明鈴たちは椅子に座り、銀蝶舞を待つ。

「そういえば、閣下はいつ帝都にお戻りになられてのですか」

 小梅が訊いた。

 楊紫炎は南の邪教の反徒を討伐に行っていたという。本来なら数ヵ月から半年はかかると思われた討伐作戦を楊紫炎は一ヶ月で終わらせたと言う。もちろん彼の勝利で作戦は終わった。

「あまり気ののらない戦だったので早く終わらせたまででござる」

 ははっと言い、楊紫炎は茶を一口飲む。

「このような速さで作戦を遂行できるのは護国将軍だけです」

 きまじめに岳雷雲は言う。

「岳隊長、誉めても何もでないでござるよ」

 にこやかに楊紫炎は言った。


 そうこうしていると銀蝶舞が女中の一人にいくつかの反物を持たせて戻ってきた。明鈴と小梅は夢中になって反物を選ぶ。

「この向日葵ひまわりの柄なんてどうです? 明鈴姉さんは顔が地味ですからこのような派手な柄が似合いますよ」

 小梅が反物を広げて言う。

「もうっ小梅。それは誉めてるのけなしているの」

 ぷっと明鈴はふくれる。

「小梅はいいわね。体が小さくて貧相だから反物が少なくてすむからね」

 明鈴がやりかえす。

「これはやられたわ」

 額をおさえて、小梅は笑う。

 結局、明鈴は青地に金の鈴の柄の反物を選んだ。

「明鈴姉さん、名前にあわせて鈴の柄にしたのね。私もよ」

 小梅は白地に梅の柄の反物を選んだ。ついでとばかりに二人はかんざしや口紅、靴も買いこんだ。白粉は銀蝶舞が調合した植物の実から作られたものを購入した。けっこうな出費だったが烏次元からもらった金子はまだまだ余裕があった。

「それでは奥で採寸しましょう。旦那様がたにはお酒と肴をご用意しましょう」

 そう言い、銀蝶舞は二人をつれて、店の奥にきえた。 

 体を採寸し、ぴったりの着物を作るのが銀蝶屋の方針であった。

「体にあった着物を着るとものすごく楽なんですよ」

 と銀蝶舞は言った。たしかにと裁縫が得意な小梅は大きくうなずく。

 巻き尺を首にかけた女中が部屋に入ってくる。

 失礼しますと言い。明鈴の体を細部に至るまで計っていく。胸や尻、肩幅に太ももまで計られて、けっこう恥ずかしい。

 その女中は金色の髪に青い瞳をしている。その体は銀蝶舞に負けないぐらいに豊かであった。大きなビロードでできた椿のかんざしを髪にさしている。

 明鈴の体を計ったあと、次に小梅の体を計っていく。

「お客様はもう少し背がのびそうなのでゆとりをもって縫ったほうがいいでしょうね」

 金色の髪をした女中は言った。

 この女中の外見は竜帝国の者ではない。西の呂摩ロマ国の人間はこのような外見の者がおおいと明鈴は聞いたことがある。

 この人どこかで見たことあるなと明鈴は思った。記憶をたどると大通りで踊っていた踊り子に似ている。聞いてみると本人であった。躍りだけでは食べていけないのでこの銀蝶屋で女中として働いているのである。

 明鈴はその女中の顔をまじまじとみつめる。

 瞳は宝石のようにきらきらと輝いていて、まつげもばさばさに長い。

 女中の顔を見ていると彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「どうしたんですか、私の顔に何かついてますか」

 女中は言った。


 その時、明鈴の体に雷が落ちたような衝撃が駆け抜けた。

「そうだ、萌えの次はオタクに優しいギャルだ!!」

 けっこな大声だったが、小梅と女中、銀蝶舞はそろってきょとんとした顔をする。

「どうしたんですか、急に蓬莱国の言葉で叫んで。さっぱり意味がわからないんですけど」

 代表して小梅が言った。

 

 

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