第11話 宦官の友人

 竜帝国の都竜眼府りゅうがんふは大きく四つの地区に別れている。東の青龍坊せいりゅうぼう宮城きゅうじょうを中心とした地区である。西の白虎坊びゃっこぼうは貴族たちの邸宅が並んでいる。

 北の玄武坊げんぶぼうは道士や僧侶たちが住む寺院が数多く並んでいる。そして最後の南の朱雀坊すざくぼうは商人や職人たちが住む地区であり、商業施設が数多く立ち並ぶ。帝都竜眼府の人口はおおよそ八十万人ほどであり、文字通り、竜帝国の政治の中心地である。


 明鈴めいりん小梅シャオメイはその商人や職人が住む朱雀坊を訪れていた。

 朱雀坊の大通りには数多くの商店が並んでいて、見るからに華やかだ。道のあちこちに大道芸人や行商人がいて、芸を見せたり、物を売ったりしている。

 ぼうっという音がしたと思うと熱気が頬につたわる。大道芸人が油を口に含み、それを一気に吐き出し、火をつけたのだ。金髪に褐色の肌をした踊り子が豊満な体をゆらして踊っている。

 小梅が行商人から豆菓子を買い、それを食べていた。明鈴もそれを一つもらう。香ばしく焼かれたそれは素朴な味で美味であった。

 そこは歩いているだけでも楽しい街であった。


 明鈴と小梅はその朱雀坊でもっとも有名な反物屋を訪れた。新しい着物でも買ってくるがいいと烏次元にいわれ、けっこうな金子をもらってきている。

 小梅などは久しぶりの買い物に小躍りしたぐらいだ。

 明鈴たちが訪れた反物屋は白鯨屋はくげいやといい、南の去残国さざんから仕入れた布も取り扱っているという。

 楽しみに店を訪れた二人であったが、そうそうに彼女らは店から出るように店主に言われた。

「うちは宦官の家のものに売るものは布切れ一枚だってないんだよ!!」

 大声で大柄な店の店主は言った。

 急に大声でどなられて、小梅はびっくりし泣き出してしまった。

「泣いたって無駄だ。とっとと出ていきやがれ」

 また怒鳴られる。

 

 庶民のなかには皇帝近くに仕え、権力者の威をかる宦官を毒虫のように嫌うものも多い。また、引退した宦官は高利貸しを営むものも多く庶民からはひどく憎まれている。


「いやいや、店主それは言いすぎではないかな」

 妙に間のぬけた、のんびりした声がする。

 明鈴はその声の方を見た。

 そこに二人の男が立っていた。

 一人は背が高く、筋肉質な体格をしている。着物の上からでもわかる胸板の厚さをしている。声を発したのはその隣にいる人物だ。背丈はどちらかと言えば小柄で猫科の動物のように俊敏そうだ。笑顔がさわやかな好青年に明鈴は見えた。烏次元のような絶世の美男子をいつも目にしているので彼女の審美眼は肥えていたが、十分に美男子の範疇にはいると思われた。


「閣下、閣下ではありませんか!!」

 その背の低いほうの青年を見て、泣きべそをかいていた小梅は一瞬にして笑顔にかえてしまった。たたっとかけより飛びついた。

「やあ、かわいい小梅シャオメイ。息災であったか」

 その青年はそう言い、小梅の小さな体を抱きしめた。

小梅シャオメイはもう十二才になりました。もういつでも閣下のお嫁さんになれます」

 さっきまで泣いていたのが、うそのように笑顔で小梅は言った。

「小梅、気持ちはうれしいがそれがしのことが好いてくれるなら、あと四年はまってくれたまえ」

 小梅の頭をなで、その青年は言った。

「かしこまりました。小梅は十六才になったら閣下のお嫁さんになります。いっぱいいっぱい子供を生んでさしあげます」

 こんなうれしそうな小梅の顔を見るのは明鈴は初めてであった。

 小梅が閣下というからには、身分の高い人物だと思われたが、着ているものは庶民のそれとそれほどかわらなかった。

「なんだ、てめえは玉なし野郎の味方をしようってのか」

 さらに店主が怒鳴り散らす。

 その言葉を聞き、青年は笑顔をやめた。氷のような冷たい視線で店主を見る。

 店主の後ろにいた番頭が袖をひき、耳打ちした。


「へっ楊紫炎ようしえんだって、誰だそれ?」

 店主は番頭に言う。

 そう言った直後、店主は顔を真っ青に変化させた。どうやら、何かを思いだしたようだ。


「なに、それがしはただの軍務省の一役人でござるよ」 

 もとの笑顔にもどり、その青年は言った。

 たしかに青年は嘘をついていない。彼は軍務省の役人であった。問題は彼の階級である。

 彼楊紫炎こそ皇帝竜星命の右腕として知られる武人であった。枢密使(軍事担当の宰相)であり、護国将軍の称号を皇帝から与えられていた。

 八王の乱の時に皇帝竜星命に見いだされ、若干十六才で仕えることになった。八王の乱でもっとも脆弱な勢力であった竜星命の軍を率いた彼はそのすべての戦いにおいて勝利し、皇帝即以後は五度に及ぶ北方騎馬民族の侵入のすべてを撃退した。五度目の異民族との戦いにおいて単于ぜんうの称号をもつ王を生け捕りにした。

 まさに戦争の天才がこの楊紫炎なのである。


 そんな英雄を目の前にして、つい最前まで威勢のよかった店主はわかりやすいほどに、怖じ気づいていた。

「さあさあ、小梅。こんな店には長居は無用でござる。それがしの知り合いが営む反物屋にいきましょう」

 にこやかに楊紫炎は二人に語りかける。どのような理由があろうともこのような悪態をつかれ、明鈴もこの店で買い物などしたくはなかった。

「あなたが次元殿のご内儀(妻)殿でござるな。それがしは楊紫炎と申す。次元殿の友でござるよ」

 青年将軍はそう名乗った。

「拙者は岳雷雲と申す。以後お見知りおきを」

 楊紫炎の隣に立ついかつい男が言った。彼の方がよほど武人としての威厳があるように明鈴には思えた。彼は皇帝の近衛隊である百鬼隊ひゃっきたいの隊長で楊紫炎同様に烏次元の友人だと名乗った。

 


 明鈴と小梅は楊紫炎の案内で彼の知己が営むという反物屋にむかった。


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