第7話 明鈴、皇帝に謁見する
張飛燕が皇帝に愛された一夜から、七日が過ぎた。
皇帝竜星命は公務以外の私的な時間は飛燕と共にいると烏次元は明鈴に語った。
皇帝は飛燕を片時も離したくはないといっていたとも烏次元は言う。
あまりの熱に入れように他の後宮の美女たちは明らかに嫉妬の炎を燃やしているという。だが、そんな美女たちのことなど歯牙にかけることなく、皇帝は飛燕を毎夜愛しているのだという。
その話を聞き、明鈴は膝をうって喜んだ。ここまで自分が考えた作戦がうまくいくとは思わなかった。
そんな明鈴に烏次元は言うのであった。
「皇帝陛下が明鈴に会いたがっているのだ」
その言葉は明鈴にある程度予想できたことだったが、あらためて知らされると緊張のため背中にしっとりと汗をかいてしまう。
自分の好みをみぬいた人物に皇帝はきっと会いたがるだろう。明鈴は推察していた。
烏次元の手前、断るわけにはいかないので明鈴はその話を受けることにした。それに稀代の英雄といわれる皇帝にあってみたいという純粋な好奇心があった。飛燕を送りこんだ自分をそれほど悪くはあつかわないだろうという目論見もあった。
翌日の昼、装いを整え明鈴は烏次元に伴われ
「お化粧はその程度でよろしいのですか?」
麻伊はきいた。
皇帝に謁見するというのに明鈴は薄く唇に紅をひいただけだ。
明鈴は首を左右にふる。
「皇帝陛下は白粉を好みません。このほうがいいのです」
それはあの
「明鈴がいいというのなら、それが正解なのだろう」
烏次元は明鈴の手を引き、馬車に乗る。二人は
明鈴は
宮女の一人が明鈴の前に置かれた
「もうしばらくお待ち下さい」
そう言い、宮女は去っていく。茶菓子は桃の饅頭であった。甘い饅頭を食べながら、時間を潰していると烏次元があらわれた。
「皇帝がお会いになられる。さあ、行くぞ」
烏次元は言い、明鈴を促す。明鈴は桃饅頭をあわててたいらげ、たちあがる。
今回の謁見は公式なものではなく、ごく私的なものだと烏次元は明鈴にかたった。なので謁見も皇帝の私的な空間で行われる。そこは皇帝と皇帝が信頼するごくわずかな人物だけが入ることが許される部屋であった。
部屋の広さはそれほど広くないが、調度品はさすがは皇帝の部屋と言っていいものだった。
奥の柔らかそうな椅子に黄色の服を着た人物が腰掛けている。その着物の柄は五本の爪を生やした竜であった。五本の爪を生やした竜の服をきることが許されるのは竜帝国では皇帝のみであった。すなわち彼こそが皇帝竜星命であった。
明鈴は下を向いたまま、歩き床に両膝をつく。
「烏明鈴、お召により参上しました」
明鈴はゆっくりという。
「そなたが明鈴か、よいよい、楽にせよ」
その声を聞き、明鈴は顔を上げる。
明鈴の視界に入ったのは柔らかな笑みを浮かべた、細い目の青年であった。その容姿は飛び抜けたものはなく、いたって平凡であった。五爪の竜の服を着ていなければ、誰も皇帝だとは信じないだろう。それほどこの男の風貌は平凡そのものだった。
そのかたわらには飛燕がいた。
その着物は明鈴が
「会いたかったよ。明鈴」
飛燕は言った。少し涙目だ。
「元気そうね、飛燕。いや飛燕様ね」
明鈴はにこりと微笑む。
「さあ、そんなところに膝をついていたら冷えるよ。女の子の体は冷やしたらいけないからね。そこの椅子にすわりなよ」
皇帝竜星命は椅子に座るように明鈴に言う。あまりにくだけた口調に明鈴は面食らった。明鈴はていねいにお辞儀をして皇帝の向かいに座る。いくら許されたとはいえ、さすがに皇帝の向かいにすわるのは肝が冷える思いだった。
烏次元はそのテーブルに茶を置く。
「次元君の淹れたお茶はとても美味しいんだよね。そうだ飛燕ちゃん、とっておきの菓子を用意してよ。前に一緒に作ったやつがあったよね」
皇帝は飛燕にお菓子を取ってくるように言う。すぐに飛燕は皿に乗せられた菓子をもってきた。それは黄色く、ふわふわしていてとても柔らかそうだ。表面が茶色く焼かれていてざらめの砂糖がかけられていた。
「これは
にこやかに皇帝竜星命は言う。
明鈴はそれを食べてみた。それは今まで食べたことのない甘さで美味しさであった。ザラメのカリカリとした食感がたまらない。
「とても美味しいです。こんな美味しいもの生まれてはじめて食べます」
明鈴は素直な感想を言った。
「そうだろうね。これはこの時代の食べ物じゃないからね」
皇帝は笑みを絶やさず、そう言った。
その言葉は明鈴の推測の範疇だった。だが、わかっていてもそれを自らの耳できくと驚愕を隠しきれない。
「恐れながら申し上げててよろしいですか?」
明鈴はお思わず生唾を飲み込んだ。
「うん、いいよ。君は飛燕ちゃんを紹介してくれたからね」
皇帝は笑みを崩さない。
「皇帝陛下は…… この時代の人間ではございませんね……」
吐き出すように明鈴は言った。
烏次元は静かに明鈴の後ろに立っている。震える彼女の肩にそっと手を置いた。じんわりとつたわる温かさが明鈴を落ち着かせた。
「うん、そうだよ。僕はだいたい千年先の未来からやってきたんだ。正確には生まれ変わったといったほうがいいだろうね」
平然とした顔で皇帝竜星命は言った。
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