第5話 お妃候補

 眼をさましたが、どこかぼんやりしていて、それに頭痛もする。

 この状況を明鈴はあの手巾ハンカチからもたらされた情報があまりに異質で異様であったため、自らの精神の処理能力を超えてしまったのだと推察した。


 麻伊まいはそんな明鈴のために卵粥を用意してくれた。ほんのりと出汁のきいた卵粥は明鈴を癒してくれた。


「美味しい。おかわりもらえるかしら」

 二日間寝ていたということはその間何も食べていないということだ。なるほど、お腹がすいているはずだ。


「奥様は体が弱っているので、二杯目までですよ」

 そう言い、麻伊はおかわりを持ってきてくれた。明鈴はそれもペロリと平らげる。

 本当に麻伊は料理がうまい。

 今度、いろいろ教えてもらおうかなと彼女は考えているとまた、眠たくなってきた。

 眠気にまかせて、明鈴は休むことにした。



 次に眼を覚ました時、明鈴はこの世のものとは思えない美貌の青年の寝顔を目の当たりにした。

 

 それは烏次元はであった。


 夜着に着替えた烏次元は明鈴のすぐとなりで眠っている。

 そっと手を伸ばし、白い頬にふれる。うらやましいほどにきめが細かい。それにしっとりとして最高のさわり心地だ。

 そして穏やかな温かさが心の中に流れ込んでくる。

 烏次元の頬を撫でながら、明鈴はずっとこうしていたいと思った。


 しばらく烏次元の肌を楽しんでいると彼は眼を覚ました。

「やあ、おはよう明鈴。けど、もう夜のようだ」

 烏次元は明鈴の黒髪を撫でる。


 明鈴はもぞもぞと身体を移動させる。烏次元はそっと手を伸ばし、明鈴の身体を抱きしめる。


「明鈴、体は大事ないか?」

 烏次元はきく。


「ええ、旦那様」

 明鈴は答える。

 ああっ旦那様なんて言ってしまった。つい、言ってしまった言葉に明鈴は頬を赤くさせる。

 その様子を見て、烏次元は美しい笑みを浮かべる。

「旦那様、明日の朝、あの手巾ハンカチから読みとれたことをお話しますね」

「ああっ、わかったよ」

 明鈴は烏次元の腕の中で眠りについた。



 翌朝、身支度を整えた明鈴は麻伊の用意した朝食を食べたあと、烏次元にあの光景を余すことなく話した。


「それは不思議な話だな。それが何故、皇帝陛下の持ち物から見えたのか……」

 烏次元は腕をくみ、そう言った。


「おそらくですが、その私が見た世界に陛下はいたことがあるのではないでしょうか。それで旦那様にお聞きしたいのですが、この言葉の意味がわかりますか?」

 明鈴はそう言い、あのもじゃもじゃの頭をした青年が熱心に見ていた石板から流れた言葉を言って見せた。

 明鈴は記憶には自信がある。できるだけ正確に再現してみせた。


「ああっその言葉なら知っている。はるか東方の蓬来国の言葉だ。たしか、兄上、お兄様、いや、もっと砕けたいいかただ」

 そこまで言うと小梅シャオメイがお兄ちゃんと言った。


「そあだな、意味あいはそれに近いな」 

 烏次元は頷く。


「旦那様はその蓬来国の言葉を話せるのですか?」

 素朴な疑問を明鈴は言う。蓬来国など明鈴は知らない国の名前だ。


「旦那様は蓬来国だけでなく西の呂摩ロマ国、南の去残サザン国の言葉も話せるのですよ」

 麻伊が我が事のように自慢気に言う。


「話すはもちろん、書くこともさらさらと書けるんだから」

 こちらの小梅も鼻高々に自慢気だ。


「蓬来国の言葉は私だけでなく、陛下も話すことができる。陛下のほうが私などよりも流暢に話される」

 烏次元はそう言った。


 その言葉を聞き、明鈴の中に浮かんでいた思案がより、現実味をおうようになっていた。


「そう言えば、明鈴。陛下の好みがわかったといっていたな」

 烏次元がきくと明鈴は自信たっぷりに大きく頷く。


「今から宮廷に参内したいのですが、よろしいですか?」

 明鈴は烏次元にきいた。


「ああっ、それはかまはないが」

 烏次元は言った。


「私の知り合いにぴったりの人物がいます」

 明鈴は華やかな笑みでそう言った。



 明鈴と烏次元は宮廷に参内した。二人は後宮の炊事場に向かう。下働きの女官や調理担当の者が忙しく働いている。


飛燕ヒエンまたあんたは食材を台無しにして‼️」

 女性の怒鳴り声がする。

 どうやら先輩の女官にその小柄な女性がしかられているようだ。


「許してください。わざとじゃないんです」

 泣きながら、その女官は言い訳をするがその態度が気に入らなかったようでさらに怒られる。


「あんたは何度注意しても失敗ばかり。乾いた洗濯物は濡らすし、物はよく失くすし、物は落とすし。いったい何ができるんだい‼️」

 そうまくしたて、箒の柄で殴りかかろうとした先輩女官を烏次元がとめた。

 

 烏次元の美しい顔を見て、先輩女官は箒を床に捨て、深くお辞儀をする。

「こ、これは大秋長様……」


「もうそれぐらいにしてやってくれないか」

 烏次元が言うとかしこまりましたと言い、その女官はどこかに消えた。


 飛燕と呼ばれた小柄な女官は明鈴の姿を見つけて、抱きついた。

「明鈴、明鈴、どこにいってたのよ」

 わんわんと泣きながら、飛燕は明鈴を抱きしめる。飛燕の小さな頭を撫でながら、明鈴は烏次元の黒い瞳を見た。

「このこそが陛下のお妃候補です」

 明鈴は自信に満ちた笑みで言う。

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