第3話 皇帝の妃選び
烏次元の屋敷にやってきたその日、明鈴は一月ぶりの風呂に入った。
「あらあらっ、こんなに痩せているのにちゃんと出ているところはでているんですね。これでもとの肉付きに戻ったらどうなることやら」
しゃぼんで泡立てた手で明鈴の痩せた体を洗いながら小梅は軽口をたたく。
「ちょ、ちょっとへんなところさわらないでよ」
あまりのくすぐったさに明鈴は笑いがこみあげる。
「ほらほら笑って、そうしているほうがかわいいですよ」
結局、明鈴は小梅に隅々まで洗われてしまった。かなりくすぐったかったが、さっぱりした気分になった。
着替えは
服を着替えて、髪を乾かし、丁寧に櫛をいれる。明鈴の黒髪を麻伊が結いあげてくれた。髪にビロードのついたかんざしをさす。
「どうでしょうか?」
明鈴に薄く化粧をし、麻伊は手鏡を差し出す。その鏡の中の人物は本当に自分なのだろうかと明鈴は思った。
「きれい……」
そう自分の顔見て言ってしまい、明鈴は恥ずかしい気持ちになる。自分で自分のことをきれいだなんて。
「まあ、私たちにかかればこのぐらいはちょちょいのちょいですよ」
自慢げに小梅は笑い、麻伊は満足そうに頷く。
明鈴は小梅に連れられ、屋敷の大広間に連れてこられた。
そこでは烏次元が茶を飲みながら、本を読んでいた。本も茶も高級品であり、それが烏家では日常に存在していた。読書と喫茶はあまり贅沢をしない烏次元の数少ない楽しみだと小梅は明鈴に教えた。
するりと立ち上がり、烏次元は明鈴に近づく。間近に見て、明鈴は烏次元が自分よりも頭二つ分は背が高いなと漠然と思った。
すっと指を伸ばし、烏次元の指先が明鈴の顎先にふれる。触れられたことにより、またあの温かさが心の中に入り込んでくる。
その温もりは先ほど入った湯のように心地よいものだった。
こんなのずるいわ。こんなのを知ってしまったらもう後戻りできないじゃないの。明鈴は心の中でそう思った。
「見違えるように綺麗になったな」
目の前の美丈夫にそう言われ、明鈴は耳の先まで赤くなるのを自覚した。
それと同時に一瞬だが、自分によく似た女性の姿が脳裏によぎる。
きっとその女性はあの牢屋で語っていた
そんなことを考えていると明鈴のお腹が盛大に存在を証明した。
さすがにこれは恥ずかしいとばかりに明鈴は自分のお腹をおさえる。
「そうだな、麻伊、昼食をとろうか」
微笑みを崩すことなく烏次元は言う。
「はい、かしこまりました」
麻伊は台所に消える。すぐに料理が運ばれてきた。お粥に魚を揚げたものに豆腐の辛味噌炒めが
どれもこれも美味しそうで明鈴は思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
「さて、じゃあ私たちもいただきましょうか」
小梅は言い、椅子に座るように明鈴にうながす。
「この烏家ではね、皆でご飯を食べることになっているのですよ」
おかずをとりわけながら、麻伊は言った。
貴族の家で男女が同じ
「その方が料理はより美味しいだろう」
豆腐の辛味噌炒めを一口食べて、烏次元は言う。
「やはり麻伊の豆腐料理は絶品だな」
「今日はいつになく口が上手ですね、旦那様」
麻伊がうれしそうに言う。
「私は正直に言ったまでだ。
烏次元はちらりと小梅を見る。
「ほんなの私にもふぁかりませんよ」
お粥を口いっぱいに頬張るため、小梅の声が不明瞭だ。
明鈴も料理をいただくことにした。お粥はほんのり塩味がきいていて、魚の揚げ物は皮はパリパリ身はふんわりで、とても美味であった。まともな食事をとり、明鈴はやっと人間に戻った気になった。
食事をとり、空腹が満たされた明鈴は烏次元の惚れ惚れする美貌を見る。
「明鈴、おまえにやってもらいたいことがある。それは陛下の内々に関することで決して他言無用の話だ」
そこで一区切りし、烏次元は麻伊の入れた緑茶を飲む。麻伊も小梅もこの場所にいる。ということは彼女らは烏次元に完全に信頼されているのだなと明鈴は推察した。
「それは陛下の妃を決めることだ。現在、後宮には百人近くの美女たちがいる。だが、その美女たちに陛下はただの一人もお手をつけられないのだ。このままでは帝国の存亡にも関わりかねない」
烏次元は言う。
「明鈴、おまえの見鬼の
烏次元の命令は達成しがたいものに思えた。皇帝の心を読みとり、好みの美女を探せというのだ。
無理難題に近いが、明鈴はやりとげないといけない。命を救われたということもあるが、料理を共に食べ、この家にいたいという気持ちが芽生えはじめてきているからだ。
「かしこまりました。やってみます。それで皇帝陛下の持ち物はおありでしょうか?」
明鈴は聞く。彼女の能力を使うにはその人が愛用していたものが、必要だ。
「ああ、ここに陛下の
明鈴は烏次元からその白い手巾を受け取った。
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