7/23AM10:00

 あの滅茶苦茶な一夜から大分経った。


 あの覆面兄弟から必死に逃げた際、俺は通りすがった車に撥ねられた。轢いた人は良心的……というか常識的な人で、すぐに救急車を呼んでくれて、撥ね方に対し奇跡的に打撲とかで済んで、むしろ黒に刺された刺し傷とかがこれどうしたの!? と完全に事件の方向性で驚かれた。


 ……打撲は勿論、そんなこんなで入院する事になり全治三週間。まぁ色々大変だった。大分状態が回復してから、病院に刑事が来て事情を伺われた。俺があけすけに何が起きたかを話すと、やってきた刑事は大まかに事の真相を話してくれた。


 銀河……もとい、山田は確かにホストをやっていたけど、店先の倉庫から金を盗み、オーナーの愛人と駆け落ちした事。山田の行方を追って、色んな悪い奴らが動いていて、あの兄弟はオーナーとはクスリの売買で繋がっていて、山田を見つけたらルートを回してくれる事になっていた、って事も。それで兄弟はどうなったかというと、二人とも工場内で首を吊っていたらしい。それ以上は教えてくれなかった。


「あの……山田の行方はまだ分からないんですか?」


 俺がそう聞くと、刑事さんは首を横に振って。


「中々尻尾出さないんですよ。こんな事言うのも何ですが、相当の狸です、あれは」

「そう……ですか」

「……佐藤さん」


 刑事さんはそこまで話して、俺の顔を心配そうに見ながら、言った。


「これは私個人としての意見なんですが……あまり人に優しすぎると危ないですよ」

「そう……見えますか? 俺?」

「失礼ながら」


 玄関先で一礼する刑事さんを見送って、俺は待合室でぼんやりとしている。客観的に見れば、俺は山田にまんまと利用され捨てられたんだと思う。し、涙ながらに語っていた、上京に至る話も多分全部嘘かもしれない。……だけど。


『やっぱり拳王よりカイオウだよな!』


 あの時の、あの弾んだ声。あれは本心だった気がする。きっと、多分。今どこで何してんだろうな、山田。もし、また会えたなら。一発くらい殴らせてほしい、流石に。


『昨日午後、〇〇県の〇〇峠で車の転落事故が起きました。警察の調べによると車は猛スピードでガードレールを飛び出し……』


 ふと、テレビに何故だか目が向く。クレーン車に引き上げられている車の映像が映されていて、もしかしたら錯覚かもしれない。知れないけど、チラッと一瞬。


 一瞬、後部座席に見えた漫画の表紙は、見覚えのある漫画だった。ムキムキの、マッチョの。



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佐藤君は優しすぎるから @kajiwara

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