7/7 PM:21:00
……埃、くせえ。思わず苦しくなって、思いっきり咳込む。なんか頭も重いし……目の前真っ暗なんだけど俺、どうしてたんだっけ……。いや、これ俺目閉じてる訳じゃないな。やけに臭い布被せられてる? 何だこれ、手首も動かない。手首が後ろに回されていて、金属の冷たい感触。これ、手錠されて……る? おい、山田、これ何の冗談だよと言いかけた時。
急に視界が明るく……はない。薄ぼんやりとした視界に、コンクリートの床が映る。ど……どこだ、ここ? 俺さっき、山田の部屋にいたんだけど……。
……は? 顔を上げると、本当に全く知らない景色。どこか……パッと見、周りを伺う。整備途中なのか宙吊りされてる自動車のフレームとか、パーツが取り外されてるバイクとかあるし、ここってどこかの自動車工場なのか? ……で? なんで俺はこんな所に? 自分の頭を振る。夢の中なのかも。
「おい、起きろ」
急に声を掛けられて、目の前に顔を向ける。俺を見つめている、背の高い赤い覆面を被った男と背の低い、黒い覆面を被った男。どっちの覆面もこんな今時ベタな奴あるか? っていう、強盗に使われそうな目出し帽だ。何なら笑わせに来てる? って位ベタ。
……いや、どんな状況だよこれ。俺は気づいたら椅子に拘束されていて、山田は姿を消していて、で、こいつらは誰……と色んな疑問が頭を渦巻いた瞬間、黒が俺の顔面を何の予告も無くぶん殴ってきた。脳味噌がくらくらっとして、鼻孔が切れたのか、ツーっと鼻血が地面に落ちた。
「銀河~これは初手の初手の初手だからな。お前がパクった1000万とオーナーの女の居場所、吐くまでどんどん痛くなるからな」
銀……え? 銀河って……。
「まず小指から行こうか。お兄ちゃん、道具持ってきて」
黒がそう言うと、赤はこくんと頷いて小走りして、バイク近くに置いてある工具箱を持ってきた。そしてそれを開けてペンチを取り出すと黒へと手渡した。俺はもう何が起きるかが想像を駆け巡って、気づいたら大声で叫んでいた。
「す、すみません! ち、違います! 人、違いです!」
「……あ? 何カスみたいな命乞いしてんの? 自分のしたことわかってる?」
「本当に! 俺……違う、人です! 違う人なんですうううう!」
黒は俺の心からの、ちょっとしょんべん漏らす位の大絶叫に一寸怯む。怯んで、ペンチを一先ず下げてつかつかと俺の元へと歩いてきて、無造作に何故か俺の髪の毛をむんずと掴んだ。い、いてて、何を……と怯えているとあれ……?
バリバリって、音がして俺の髪の毛から髪の毛が分離……した? いや、カツラだ。茶髪の……見覚えのある奴。間違いなく、山田の部屋に転がってた奴だ。黒はそれをじっと見つめて、次に強引に俺の顔をベタベタと触ってきた。そうして、黒くなってる指先を見、赤に振り返った。
「お兄ちゃん、こいつ拉致る時にちゃんとスマホで確認した?」
「えっ、うん。オーナーさんに聞いた通り、茶髪に口元にホクロがあるのを確認したよ」
「じゃなくて。ちゃんとスマホで銀河の顔がどんな顔かを確認した?」
黒が割と怒気を孕んだ声でそう聞くと、赤はあー……とのんびりした様子で口を開けながら何か考えている。と、口を開けたまま、ボソボソと答えた。
「あれー銀河、じゃないの? いやだって~茶髪だしホクロあるし~」
「やっぱり俺が行くべきだった……こいつ別人だよ!」
クソっ! あのクソボケが! と黒がペンチを地面に叩きつけて何度も地団駄を踏んでいる。な、何なんだ……? 俺自身一体何に巻き込まれてるのかが全然分からない。し、銀河……山田、だよな。あいつも……なにした? 何をしたんだ? 黒は息を荒げながら俺に聞いて来た。
「お前は誰だよ! 銀河の同僚か?」
「ぼ、僕は山、銀河君のと、友達、です……」
「友達ぃ? ……あぁ。あぁ、そういう事か」
黒は何か自分の中で納得したのか、深呼吸して落ち着くと赤にスマホ、お兄ちゃんスマホ出してと頼む。赤はあーうんと頷いてズボンのポケットからやけにファンシーな、ゆるい熊のキャラのイラストが描かれたカバーのスマホを手渡そうとする。
「いやお兄ちゃんのじゃなくて! こいつの! マジで時間がないんだから頼むよぉ……」
あーそっちかーと赤は尻ポケットから俺のスマホを取り出した。黒はそれを受け取ると同時に、懐からカッターナイフを取り出してカチカチと刃を伸ばしながら近づいてきた。
「パスコード言え。他の認証の解除も」
「えっ……いやで」
ぎっ、と俺は歯を食いしばった。太ももに気絶しそうなほど激痛が走る。こ、こいつ……何の躊躇もなく、カッター刺して、きやがった……。意識が飛びそうになると、横からビンタされてそれさえ許してくれない。もう、もう嫌だ、逃げ出したい、けど、逃げられない。
「殺すぞ」
「い、言います……全部、言います」
観念して、俺は全部言った。黒は高速で俺のスマホをスクロールして何かを探しているようだが、やがて見つからない事に苛立った様に舌打ちをして赤に言う。
「ダメだ、あのクズ登録消してやがる。通話履歴にもねえ」
「銀河が見つからないって事?」
「あいつの携帯がまだ生きてるか確認できりゃまだ……いや、そうか」
黒がスマホの画面を俺に向けながら歩いてくる。そうして指で電話帳をスクロールしながら聞いてくる。
「おい、お前の昔馴染みどいつだ。お前、そいつに電話かけて銀河の電話番号聞け」
「……分からないかも」
「黙ってやれ。次は首斬るぞ」
乱暴に黒は俺の太ももからカッターを引き抜く。もう、俺が、何したってんだよ……。一生分の痛い事されてる気がする。自分からダラダラ流れてる血を見ると気絶しそうだけど変にアドレナリンが噴出してるせいか気も失えない。俺は霞む目を堪えて……山田には悪い、けど。
「あ……阿部なら知ってる、かも」
黒は電話帳の一番上の阿部隆、オタクグループの友達の一人に指で触れると、無言でスピーカー状態で通知を掛けた。心の中で出るな、出ないでくれ……と祈るのもつかの間。
「さとちん!? お久じゃん!」
あぁ、出ちゃった……。凄く能天気な声で、阿部は通話に出てしまった。黒がじっと俺を睨んでいる気がする。どうする、もう……俺、無理、かも。
「最近仕事忙しくて全然遊べなくて寂しいよ~! またさーコミケとか」
「……あべ、あべっち、あの」
「ていうかさとちん、最近配信のさ」
「あべっち!」
自分でもびっくりする。こんな必死な大声出せたんだ俺。電話越しに、えっ、え、さとちん? と阿部が惑う声がする。
「……あの、さ。山田。山田……武、覚えてる? 俺らと、混ざってた坊主の」
黒がずいっとスマホを押し出してくる。きっといい返事を期待してるからだろう。だが、阿部は山田~……? と何故だか唸る。中々話そうとしないでどうしたんだろうと思うと、阿部は言った。
「さとちん……悪い事言わないから山田は関わらない方がええよ」
「ええ……?」
「えっ、さとちん知らない? あいつ俺とか色んな人に金借りて返さなかったり、変なセミナーに勧誘してんよ。今何してんのか知らんけど、またあくどい事してるよ多分」
「えっ、あの、じゃあ電話番……」
「知らん知らん、ていうかあいつ幾ら金返せって電話かけても音信不通なんだよ、ふざけてるよな! 多分知ってる人いないと思う、関わりたくないし」
俺と黒の目線が空中でぶつかる。こんな事でこいつと考えが重なるとは思いたくなかったけど、多分同じ事考えてる。黒は通話を打ち切って、俺のスマホを落とすと何度も踏みつけて粉々にしやがった。そうして背を向けてどこかに早歩きすると、すぐに戻ってきた。手に、金属バットを持って。
「お兄ちゃん、こいつに銀河の金背負わせる。念書書かせる」
「えーでもオーナーさんが来るまで待たないと……」
「いい! いいから! 金払える奴用意したって言えば片腕位で済むから!」
黒の剣幕に気圧されて、赤はあ、う、うんと今度は手早く、俺の後ろに回って手首の手錠を外すと、簡素な折り畳みの机を広げた。黒がどこからかペンを持ってきて、白紙の紙と一緒に叩きつける。
「お前、銀河の代わりに1000万払え。文面は自分で考えろ」
「そ、んな無茶苦茶な……」
「早くやれ!」
床を思いっきり金属バットで叩く音が響いて、反射的に体が震えあがる。怖くて片手が震えて、ペンが上手く握れない。握れないけど、やらなきゃ……。うっ、腹が……ずっと、怖くて腹がピリピリしてたから余計に。
「時間稼ぎしてんじゃねーゾオラァ! 頭叩きわっぞボケが!」
大声でガンガンガン、とバットを叩きつけながら黒が俺を脅す。あぁ、もう、もうダメかも、さっきからずっと腹の……腹の調子も怖さと震えでグルグルと下方に向かって渦を巻いている。ダメだ、一文字も書けない。諦めかけた時、不意に、あっ、と一瞬の気の、緩み、が。
「……くっさいなー、何の臭い?」
赤が鼻をクンクンとひくつかせてそう言う。あぁ、出てしまった、俺の「尊厳」が、出てしまった。小学生の頃にトイレに間に合わなくて廊下で女子の前でしてしまって以来、絶対にしなかった、のに。もう、俺の頭は真っ白になっていた。そして最終的に、どうして俺ばかりがこんな目に遭うんだ、って怒りがマグマみたいに沸いて。
「テメェ、こんな時にふざけてんじゃねえぞ!」
咄嗟、だった。俺は反射的に椅子から立ち上がって、「尊厳」をズボンから握りながら、バットを振りかぶろうとする黒の顔目がけてぶん投げていた。バットの先端が鼻先を掠り、代わりに黒の目に、それが、べちゃっと。
「ぎゃああああああ!!」
右目を焦げ茶色でぐちゃぐちゃにしながら、黒が地面をのたうち回る。ひ、ひとしー! と叫びながら赤が黒に寄り添うのを尻目に俺はその場から必死に逃げ出した。もうどんだけ惨めでも、格好悪くてもいい。兎に角、俺は逃げ出した。ここどこなんだよ、マジで田舎過ぎる街灯もねえし……と、パ二くりながらやっと公道に出た瞬間、俺の体は、宙に跳ねた。
また、目の前が真っ暗になった。
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