7/7PM:17:00
スクランブル交差点を抜けて、クラクラしてくる雑踏を抜けていくと何かとごちゃごちゃしている繁華街にまで出る。えっと、LINEに書いてある居酒屋はこの近くだよな……と画面と睨めっこしながら歩いていくと、ふと。
「おーい! さとちん、さとちんここだよー!」
顔を上げると俺のあだ名……っていうか恥ずかしいからやめろって、そのあだ名を大声で叫ぶの。周りの視線が気になりつつ、小走りで両手を振っている奴の元へと向かう。いや……いやぁ、ちょっとビックリしてる。辿り着いてしみじみとその外見の変わりようを眺めていると、小さく肩を小突かれる。
「何ボーっとしてんだよ」
「だってお前、成人式でも坊主だったのにちょっと見ないだけで変わりすぎだろ」
「人は変わるんだよ」
そう言って歯、どんだけホワイトニング? してるのか分からんけど真っ白い歯を覗かせて山田は笑った。
こいつ――――山田武は俺の中学の時からの友人だ。背が大分低くて、なんか親に野球部に入れって言われたから入ったけど元よりなかなか筋肉が付きにくい体質らしくて、2軍にもなれずずっとボール磨きとベンチ掃除してる。
それに自己主張があんまり上手くないっていうか……常に何か伝えようとしても引っ込み思案で上手く言えない内気な性格から、野球部の奴や不良に殴られたりしてた。だから、野球部なんかやめとけと、俺の入ってるオタクグループの仲間に入れた。
山田は良い奴だ。俺や仲間が勧めるアニメや漫画は大体すぐ読んでくれるし、どこが面白かったとか、そういうのを教えてくれる。だから山田と放課後一緒に過ごす日々はとても楽しかった。
だけど、進学する高校は違ってしまった。どころか、俺は親の都合で引っ越す事になった。だから俺は卒業式の間際、漫画一式あげたんだよな。こう、荒れ果てた世界で、ムキムキのマッチョが悪い奴どうにかする奴。
「さと、さとちん、いいの……?」
「いいんだよ、これ読んでさ、強くなろうぜ」
「ぼ、僕……強くなるよ」
そう嬉しそうに言う山田に俺は笑顔で握手を求めて、山田は応じてくれた。だけど、それっきり。電話番号(この時代だから家電)も教えあったけど、俺は都会の高校に入って諸々忙しくなって、で、大学進んで……で山田の事自体は忘れなかったけど、連絡とかは取らなくなった。それに山田からも連絡なかったし。
そんなこんなで、再会したのが成人式の同窓会。山田は俺よりも背は驚く事に高くなっていたけど相変わらず線は細くて、髪は野球部から変わってないみたいに丸坊主で。なんか他のクラスメイトが和気藹々とテーブルで昔話で語り合ったりふざけあってる中、ポツンとウーロン茶片手に隅で佇んでたから俺から話しかけに行った。
「山田!」
山田はビクッとして俺の顔を見た。なんだよ、マジで滅茶苦茶久しぶりなのにその反応は……と口から出かけたけどやめた。それより、俺が聞きたかったのはもしかしたら山田は覚えてないかもだけど、渡したアレの事で。
「えっと……さとちん、だよね……」
「そうだよ、ていうか俺らん所で話そうよ、寂しいじゃん」
「ぼ……僕はその……」
山田はなんだかきょろきょろとしていて、目を泳がせてる。本当変な奴だなぁ、わざわざ成人式まで来てんのに、と思うけど山田って前からそうだったしな。自分から積極的に来るタイプじゃないからこそ、俺も友達に引き入れたんだし。
「……山田、あれ覚えてる? 俺が昔卒業式の後に渡した奴」
俺がそう、聞きたかった事を聞くと山田は少しだけ明るい顔になった。そう、そういう顔見たかった。
「うん、僕はどっち……かと言うと拳王死んだ……後の方が好きだった」
「分かる、俺も二部の方が好きなんだ」
それから好きなキャラとかシーンとか話し合って、オタク仲間たちと合流して、昔みたいな感じで山田は話す様になった。なんか表情が暗かったのも色々あったんだろうけど、それは聞かないようにした。同窓会だしな。それに俺自身、久々に山田に会えて嬉しかったし。そうして飲み明かして帰り際。
「山田、これ俺の携帯」
俺の携帯番号を教えると、山田はなんか嬉しそうに、多分、嬉しそうに受け取ってくれた。……からすぐ連絡来るかなと思って、たんだけど。それからまた、山田から連絡は途絶えた。俺の方から掛けても全然出ないし。まぁ、俺も就活で忙しいし、山田もそうなんだろうと解釈した。
成人式から1年後。電話が来た。出たら、こいつだった。決算書とか作るので忙しい時に、逆に俺はその急な電話に仕事の疲れでハイになってたからか、普通に応じてしまった。
「さとちん俺、俺なんだけど分かる?」
「ごめんなさい、急にそのような事を言われましても……どなた様ですか?」
「いや冷たっ! 山田武だよ、友達だった!」
「山田……ん? え?」
「拳王よりもカイオウだよな!」
その言葉であ、山田だ! となった。いや、それにしてもどこで何をしてきたのかはわからないけど、偉く口調が明るく垢抜けていた。し、俺が知ってる頃の山田はいつもどこかオドオドとしていた感じだから。俺と同じ様に上京してから社会の荒波とかに揉まれたんだろうと想像する。
そんな訳で暫く楽しく話した後に、電話じゃ話しきれない事ばっかだから今度直に会おうぜ! と山田に誘われ、俺も最近仕事の鬱屈が溜まってるしパーッと折角酒を飲む機会があるならいいか、となり乗る事にした。
そして今。目の前には山田がいる。
にしてもマジで……月日、まあ1年振りとはいえ、俺の中の山田は線の細くて内気な坊主頭だったんたけど、その頃の面影がまるでない。髪の毛はきちんと美容師に通ってるのかサラサラな毛先まで染め上げた茶髪で、ブランド名はわからんけどシワひとつないストライプ柄の上下スーツだし、手首にやけに高級そうな腕時計が巻かれている。何より、表情。なんつうか、自信に満ち溢れてる。どんな仕事に就いたんだよ、お前。短パンTシャツで来た俺めっちゃ恥ずかしいだろこれ。
「あっ、悪い……俺なんか普段着で来ちゃった」
「なーに言ってんだよ、ただの飲みだぜ! 普段着で当たり前だって」
「いや、だってお前スーツだし……」
俺が惑いながらそう言うと、山田はあぁこれぇ? と自分のスーツを見下ろしながら、笑い声混じりに。
「仕事終わりから着替えんのめんどいからこのままきちった。まあ安もんだし気にすんな!」
「えぇ……仕事着なら余計大丈夫なんか……」
「細かい事細かい事! それより行こうぜ!」
山田は俺の肩を軽快に叩いて、予約したらしい店へと急かす。なんか……まぁ、よくわからんけど山田が滅茶苦茶明るくなってて俺も不思議に嬉しい。別人みたいって言うと傷つくだろうから言わないけど。
入った居酒屋は別に高級とかでもない、一般的なチェーン店なんだけど山田は変に目立つというか、異彩を放っていた。けど、それさえも気にならないみたいで堂々としてる。本当変わったなあ……。
「俺さぁ、こっち来てホストやってんだよホスト」
豪快に生を一気に飲み干して、山田はそう言い放った。あぁ、と色々な疑問が少し溶ける。だからそんな派手な髪型だし気合い入ったスーツなんだ。そうか、この変わりようはその為か。なんだか、変わったのは山田なのに自分の事みたいで嬉しいよ。
「マジで色々苦労苦労苦労っしぱなしだったけど固定客も付いてさ、俺はもう昔の俺じゃないぜー! だよ、マジで」
「うん、分かるよ。もう山田、昔の山田じゃない」
「さとちんならわかってくれると思った!」
それから俺達は酒を浴びる様に呑み、勢い任せに色んな事を話しまくり語りまくった。俺も日々の疲れを、土日出勤当たり前な職場だからもううちに溜まる物があって、流石ホストのせいか、山田の聞き上手さもあり話が止まらなかった。
昔一緒に読んでいた漫画の事、高校で別れて以降の事、お互い社会人になって色々あったのが、堰を切った様に溢れて。特に山田がホストって職に辿り着くまでの話に泣いてしまった。
全然連絡取っていなかった故にそこらへんの事情も知らなかったんだけど、母が亡くなって父が難病に倒れて、地元に居続けても治療費を賄える職なんてないと意を決して上京。兎に角バッと大金をすぐ稼げる仕事を……となって、辿り着いたのがこれらしい。ちょうどその時期が成人式の時期に重なるのを考えると、だからあんな感じだったのか……と察する。
「山田……お前凄い、凄すぎるよ。努力の天才だよ」
「やめろよさとちん〜、俺は俺がやらなきゃやらない事を懸命にこなしただけなんだよ。偉くもなんともない」
「だけど凄いって、マジで。俺なんてぼんやりと働いて息してパチンコして、ってつまんねー人生だよ、努力もしてない。山田、お前は偉い!」
俺が心からそう讃えると、山田は照れ臭そうに顔を背けつつも、はにかんで。
「……ありがとな、さとちん。やっぱり、優しいよ。何にも変わってない。優しいさとちんのまんまだ」
「……ありがとう」
……べろっべろに酔っ払ってしまった。山田に肩を担がれながら、俺は千鳥足で一緒に歩いている。もうだいぶ頭がクラクラ回っていて、ちょっと電車乗るのさえキツイかもしれん……と正直に言うと、俺ん家近くだから今日そこで寝ろよと言ってくれた。どこまでも良い奴……!
「後ちょっとだかんな」
眠気からか朧げな視界に見えるのは割とデカめのマンション。すげえ所住んでんじゃん、俺まだ安いアパートなのに……と更に尊敬する。エレベーターに乗って通路を歩くと、山田の住んでる部屋へと着いた。
「気兼ねなくくつろげよ」
「おぉ……!」
山田の部屋はかなり稼ぎがいいのか、大きいソファーベッドやら何インチかわからんけどまあデカいテレビやら、何か北欧っぽいデザインの家具が配置されていて凄い。と、その中で変に目についたのは……。
「……銀河?」
「それ俺の源氏名な」
キリッとした顔でこちらを見つめる、山田の顔写真の入ったパネルが床に置いてある。あとなんか、なんか……カツラ? なんか、茶髪のカツラや女物の下着とか、って。もしかして同棲なんかしてんのか? と聞こうとしたら山田が先んず。
「ああわりいわりい、彼女と住んでてよ、片付けてなかったわ」
「カツラなんて何のプレイに使うんだよ」
「気分変えてヤリたい時あるだろ、っていうか童貞くせ〜事言うなよさとちん!」
「童貞じゃねー!」
俺達はゲラゲラ笑いあい、冷蔵庫にあるビールでもう朝まで飲み尽くそうぜとはしゃぎ合う。色々くだらないけど楽しい話を繰り広げる中、山田が言う。
「あのささとちん、写真撮ろ写真」
「写真〜?」
「今日の記念にさ! さとちんのスマホで撮ろうぜ」
「いや何でだよ。お前のでやってあとで送れよ」
「かったい事言うなよ〜優しいさとちん様〜」
しょうがねえな……と俺はスマホを取り出してロック解除し、山田に渡す。深く肩を組み合って、体を寄せ合うと自撮りの要領で山田がレンズをこちらに向けて。
「俺達の友情に〜〜〜!」
「ピース!」
……やべえ、あんまりちゃんぽんで飲んだからか気持ち悪くなってきた。俺は山田にちょっとトイレ行くわと伝えて立ち上がる。そっち出て右だよと教えられて、便器に小便し終わって、よっしゃー! 呑み続行すっぞ!! とリビングに戻った時、何故か山田の姿がない。
「おーい山田! かくれんぼかあ?」
と、気配を感じて振り向くと、山田が
「さとちん……ごめん。ごめんな」
一瞬、首筋に異常な痛みがバチって走って、俺はそのまま、気を失った。
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