王子の秘密

 数えるのが億劫になるくらい、時が過ぎた。

 今、私も彼も、高校を出て、大学を出て、社会人となった。

「とうとう明日だね!入籍!」

「楽しそうね。」

「そりゃー、ね!」

 私の心がある程度慣れたようで、彼に対して可愛いという感情を持つ回数が段々と増えてきた。

 甘くねだってくる仕草、真剣な瞳、不安定ながらも私を支えようとしてくれるところ。

「……ねぇ、雫石。」

 彼が、私の方を見た。

「……君は、本当にシンデレラみたいだ。」

 唐突な、あまりに唐突なその言葉に、私は頭を傾げる。

「自分の失くしたものを、失くしたと気付かない。それで、今でも僕の傍にいる。だから、シンデレラ。」

 恐怖は、もう、出てこない。けれど、其の言葉には疑問を抱いた。

「失くしたもの?」

「……なんでもなーい!」

 彼は、柔く微笑む。その笑顔に、もうすべてがどうでもよくなって、私は寄りかかる彼の頭に手を置いた。




「……雫石。」

 眠りについた彼女の頬に指を滑らせ、僕は笑った。

「君は、本当に、最後まで何にも気づかないんだねぇ……。」

 ベッドから腰を下ろし、僕は奥の引き箪笥に手を掛けた。

 そこには、僕が彼女と出会ってからの、雫石の写真が入っていた。その数、ざっと二千枚は超えている。しかも、カメラ目線の物は一つもない。

 全部、僕が撮った写真だ。

 二千枚なんて、そう簡単に撮れるものじゃない。何年前からかって?決まってるだろ。

 君の友人が減り始めた頃からだよ。



 小学校も、中学校も、僕は彼女と同じだった。

 案外、存在を覚えていないクラスメイト、というのは出てこない。よく物語で出てくる「あの席に座ってたのって、誰だっけ?」という現象は、本来ほとんどない。大抵、生徒は全部覚えている。

 僕が石灰雫石、天澤雫石に出会ったのは、小学校五年の春だった。

 僕は彼女に惚れた。紛れもない、本物の恋愛だった。

 何度も、彼女に近づきたくて、傍にいたくて、でも行けなくて。

 何度も、顔と名前を変えた。誤魔化して、初対面の人のふりをして、彼女の傍に生き続けた。

「まさか、将来、伴侶になる男に、友人をすべて消されていたとは思わないよね。」

 男も、女も、そうでなくても、彼女の周りに人が集まるのが嫌だった。嫉妬で煮え滾って、全て溶けてしまいそうだった。

 だから、彼女の悪い情報(嘘)を噂して回った。彼女の周りから、人が離れるように。

『ミヤビってさ、周りの人間のこと、馬鹿にして生きてるの?』

 この言葉、昔の男友達にも言われたことがあった。自分が、石灰さんのウソの情報を流していることに、唯一気づいた奴だった。

 そいつとは、今でも連絡を取っている。未だに、このことは指摘してくる。

『いつか、バレるぞ。』と。

 でも、バレたとしても、もう僕は彼女を堕とした。もう、外に這いずって向かうことすらできない。

 彼女は、自分をストーカーして生きてきた男に捕まるとは思っていなかっただろう。でも、もうそんなことはどうだっていい。



「可愛い。」

 彼女の寝言と、僕の呟きが、交差する。

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王子の秘密とシンデレラ 水浦果林 @03karin

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