憤怒 / シアンの章③ 弟子の前だから

 翌日。

 俺たちはシアンの案内で、近隣にある巨大な森に訪れていた。

 普通の森とは明らかに違う。

 街の人たちからは迷いの森と呼ばれ、一度踏み入ると二度と出られない場所として恐れられていた。

 その影響もあり、この森には人の痕跡が少ない。


「この先に、私の村があったの」


 先頭を歩くシアンが教えてくれた。

 あった、という言い方は、つまり過去の話だということ。

 彼女が初めて道場に訪れた日を思い出す。

 仲間を蘇らせてほしいと、彼女は俺に懇願した。

 結局その願いを叶えることはできなかったけど、彼女は今も前向きに生きている。

 しかし忘れたわけじゃないはずだ。

 この地に、彼女のルーツがある。


 俺たちはたどり着いた。


「ここは……」

「燃えた後……だね」

「……」

「そうよ。私の村は、焼かれてもうないわ」


 森の中の一角が、黒く焼け焦げて変色していた。

 おそらく集落があったであろう跡だけが残されている。

 当然なあがら、そこにエルフの姿はない。


 はずだった。


 最初に気付いたのは、嗅覚が優れているスピカだ。

 と同時に、俺が魔力を感じ取る。


「ねぇ、誰かいるよ?」

「え?」


 木々の影からこちらを見ている。

 一つや二つじゃない。

 のそのそと、姿を見せる。


「エルフ?」

「……どう、して?」


 シアンは困惑していた。

 否、怯えていた。

 理解できないという表情だった。


「シアン?」

「……お父さん……お母さん」

「――! あれが……」


 シアンの両親?

 確か話を聞く限り、彼女の両親は亡くなられてるはずだ。

 実は生きていた。

 なんてことはないだろう。

 俺はすでに気づいている。

 目の前に現れた彼らが、死体であるということに。


「お父さん! お母さん!」


 シアンが走り出す。

 両親の元へ。

 瞳を潤ませながら、両親も両腕を広げて迎え入れる。

 感動の再会、とはならない。

 両親は怪物のように口を開き、シアンを食べようとする。


「迂闊だよ、シアン」

「先生? え?」


 咄嗟に俺が庇い、彼女を抱き寄せて皆の元へと戻る。

 混乱している彼女に、俺は事実を伝える。


「ネクロマンス……死霊使いよって蘇っただけだ。あれはもう死体。お前の両親の抜け殻だ」

「そんな……でも!」

「お前ならわかるはずだ。俺の下で修業したお前なら、あの人たちが死体人形であることを」

「――! そんなの……認めない!」


 シアンは俺の腕を振り払う。

 なんだ?

 彼女の魔力が乱れている。

 混乱による乱れではない。

 まるでお湯が沸騰するように、あらぶり始めている。


「私はずっとお父さんとお母さんに会いたかったのよ! 邪魔しないで!」

「シアン!」

「どうしちゃったの?」

「落ち着くんだ。冷静に考えろ。君の両親は――」

「うるさい! 私は家族を取り戻すの! 人間の言葉なんて信じられない!」


 おかしい。

 焦点が合っていない。

 怒りで我を忘れている?

 まさかもう!


「攻撃を受けているのか」


 呪具使いが近くにいる。

 彼女の両親やエルフたちをネクロマンスで使役しているのも、呪具の使い手かもしれない。

 これが呪具の影響だとするなら――

 俺は怒り混乱するシアンに急接近し、その額に触れる。


「【十纏ジッテン】――けん!」 

「――!」


 俺の術式が何かを無効化した。

 どうやら予測は正しかったらしい。

 彼女はすでに、敵の術中にはまっていたようだ。


「落ち着いたか? シアン」

「師匠……私、師匠に酷いこと……でも、お父さんとお母さんがいて」

「わかってる。でも、お前は知っているはずだ。命は一つ、決して取り戻せない」


 死んだ人は、二度と戻ららない。

 それがこの世界のルール。

 どれだけ優れた魔術師でも、大賢者であっても、このルールには逆らえない。


「う……うぅ……」

「大丈夫! 私たちがいるよ? シアン」

「ずっと一緒だよ。ほら、ここにいるからら」

「リーナ……スピカ……」


 正気に戻ったシアンに、すぐさま二人が駆け寄る。

 二人はシアンに抱き着き、安心させるように囁いた。

 こんな時、彼女たちもいてくれてよかったと心から思う。


「ありがとう……みんな……」

「なんだよ、もう仲間割れは終わりか? もっと醜く争えよ」

「――!」


 彼女の両親の背後から、一人の男が現れる。

 彼もエルフだった。

 しかし死体ではなく、生きている。

 その耳には禍々しい魔力を宿す耳飾りが装着されていた。


「あれが【憤怒】の耳飾りか」

「……ディーバさん?」


 シアンがぼそりと呟く。

 男はニヤリと笑みを浮かべ、シアンに手を振る。


「久しぶりだな。ちょっとでかくなったじゃないか、シアン」

「え? シアンの知り合い?」

「わ、私と同じ村の出身で、村長さんの息子さん……だった。なんで?」

「死んだはずなのに、か? 俺はこの通り生きてるぞ? 俺はお前が生きてることのほうがビックリだけどなぁ! 予定通りなら、俺以外の全員が殺されてるはずだったのになぁ!」

「予定……?」


 ディーバはゲスな笑みを浮かべ、シアンに残酷な真実を告げる。


「あの村を人間に売ったのは俺だよ!」

「――! なん……で……」

「簡単だ! 俺は自由になりたかった。このな狭くて窮屈な村で一生を終える? ふざけんな。外の世界が危険だとかテキトー教えやがって。だからこっそり村を抜け出して、人間と仲良くなったんだ。そいつが貴族でさ。エルフの死体を実験で使いたいからほしいって言われて、じゃあやると話だ」

「え……は? そんな……」


 意味のわからない理由で、村のエルフたちを皆殺しにしたのか。

 シアンの頭は混乱と怒りで満ちようとしていた。

 俺はシアンの心をまもるために会話に割って入る。


「仲間を殺して、お前は何を得る?」

「自由だよ! そいつが自由を約束してくれるっていうから協力したんだ! けどなぁ、あの野郎途中で裏切りやがった。ふざけやがって、だから殺してやった!」

「……」


 この男、苛立ちを見せた途端に魔力が跳ね上がった?

 どういう理屈だ。

 それが【憤怒】の力なのか?


「けど収穫もあったぜ。そいつが研究してたネクロマンスの魔導具を手に入れられたからなぁ。こいつを使って死体を操れば、俺は無限の軍勢を作れる! そしたら王国に喧嘩を売るんだ! 真の自由を手に入れるためになぁ!」

「そのために街を襲っていたのか」

「せいっかい! 賢い奴にここで死んでもらおうかぁ!」


 死体が操られ、俺たちに襲い掛かる。

 相手はシアンの知り合い、しかも死体は両親のものだ。

 彼女の前で倒すべきか。

 一瞬躊躇する。

 俺よりも速く、シアンがエルフの秘術を発動。

 風を操り、刃で両親の足を止めた。


「シアン……」

「大丈夫……私にはみんながいる。それに……許せないのは、あいつだわ」

「そうだな。じゃあ、遠慮はいらないな」

「ええ! お願い、師匠」


 シアンは立ち直り、心の強さを示してくれた。

 ならば俺も応えよう。

 時間はかけない。

 容赦もしない。

 一撃で、首を刎ねる。


十纏ジッテン】――


無慚むざん


 指を横に引き、見えない斬撃でディーバの首を切断する。

 一撃必殺。

 瞬間の決着、のはずだった。


「凄いな。こんな攻撃初めてだぜ」

「――!」

「そ、そんな……」

「首を……」


 自らの手で支え、繋ぎ留めた?

 シアンも驚愕している。

 俺もさすがに驚いた。

 確かに切断された首を瞬時に回復させた?


「不死身か?」

「そうだぜ! こいつが俺の新しい力だぁ! 俺の感情の高ぶりに呼応して、この肉体は強化される! よくも俺の首を斬ってくれたなぁ!」


 また魔力が跳ね上がる。

 感情の高ぶり……怒りか?

 怒るほどに身体能力が向上し、驚異的な再生能力を得る。

 

「ぶっ潰してやるぜ!」

「……」

「師匠! ネクロマンスされたみんなは私に任せて!」

「シアン……いいんだな?」

「ええ! 私なら大丈夫、師匠はあいつを……私の代わりに懲らしめて!」

「――わかった。なら任せよう。お前たちに」


 ネクロマンスは弟子たちに任せる。

 シアン一人なら少々心配だが、彼女には頼れる仲間がいる。


「私も手伝うよ!」

「無理しちゃダメだよー、シアン」

「ありがとう。手伝ってもらうわよ!」

「素敵だね。ボクは邪魔にならないように下がっているよ。アンセル」

「ああ」


 俺はエルフの裏切り者に集中しよう。


「なんだ? 俺に怒ってるのか? 無関係な他人の癖に」

「別に怒ってはいない。怒りも煩悩だ。ただ……弟子の成長がみられて嬉しいよ」

「はっ、気持ち悪いこという人間だな! 何を思おうが勝手だが、俺に勝てる気でいるのは腹が立つぜ!」

「――それと、少し驚いたよ」


 俺が彼に驚いたのは、その能力が……似ていたからだ。

 十の奥義、【十纏ジッテン】。

 そのうちの一つ、極めて危険な強化能力。

 大自然から魔力を吸収し、自身の肉体に通わせる。


「――忿ふん

「――! なんだ? 急にこんな魔力を!?」

「大自然の物質は全て魔力を持っている。その魔力を一時的に借り受け、纏い戦う。それが忿だ」


 爆発的な身体能力の向上。

 しかし、大自然の魔力は人間の体には性質が合わない。

 俺でも長く循環させられず、制限時間は五分。

 その間、俺は圧倒的な身体能力と、高い再生能力を得る。

 つまり――


「俺の不死身とお前の不死身、どっちが死に近いか勝負しようか」

「はっ! おもしえぇ! ぶっ殺してやるよぉ!」


 壮絶な殴り合いを開始する。

 お互いに致命傷が死につながることはない。

 魔力がある限り、肉体は自動で再生する。

 故に回避の必要はなく、力の全てを攻撃に向けられる。

 条件は五分、ではない。


「――っ」

「痛いよな? 守らなくてもいいとわかっていても、無意識に防御してしまうよな?」

「こいつ!」


 ディーバの拳に俺の肩が弾ける。

 ニヤリと笑みを浮かべるが、俺は一切動じず、残った片腕で首を掴み、へし折る。


「なん……で……」

「痛みも苦しみも、とっくに支配しているからだよ」


 それらも全ては煩悩だ。

 苦痛こそ煩悩を生む原点、故に常に向き合い、克服してきた。

 この程度の痛みに耐えることなど造作もない。

 俺の心を乱したければ、ゆれる胸でも用意するべきだったな。

 加えて、差はそこだけじゃない。


「怒りによる強化。強くはなるが動きは単調だ。理性も薄れるのかな?」

「このぉ!」


 怒るほど魔力が膨れ上がり、強くなる。

 対照的に理性は消失し、本能のまま戦うだけだ。

 同じ不死身の肉体。

 冷静さを保っている俺は、ディーバの動きがよく見える。

 あとは叩き込むだけだ。

 俺の拳に宿っている大自然の魔力は、相手に流し込むことで魔力の流れを阻害する。


「が、な……身体が……」

「お前の魔力に不純物が混ざった。俺が扱う自然の魔力は、人体には猛毒だ」

「じゃあ……なんでお前は……」

「平気じゃないさ。常に自身の魔力で肉体をまもっている。それも五分が限度だけどね。さて、攻撃ばかりに意識が向いていたな?」


 当然、猛毒から身体を守ることはできていない。

 すでに大自然の魔力は、彼の全身に巡っていた。

 激しい魔力の高ぶりが、余計に毒の循環を助け、そして――


「自戒させる」

「があああああああああああああああああああああああああ」


 魔力暴走により肉体が崩壊を始める。

 苦しいだろう。

 辛いだろう。

 しかし、自業自得だ。


「お前には怒る権利もない。せいぜい嘆いて、あの世で悔いるといい」


 本当は誰よりも怒りたいシアンが耐えたんだ。

 ならばこの場の誰も、怒りを露にする視覚はないだろう。

 この戦いの後でお墓を立てよう。

 もちろん、彼女の両親や仲間たちのお墓を。

 失った命は回帰しない。

 だからこそ、弔いは大切だ。

 残された誰かが、前を向いて自分の人生を歩めるように。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


憤怒 / シアンの章はこれにて完結となります!

次章をお楽しみに!


できれば評価も頂けると嬉しいです!!

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辺境の魔術師、悟りを開き大賢者となる←【理想】/【現実】→煩悩を捨てなきゃダメなのに、毎日弟子たちが無自覚に誘惑するからそろそろ限界です…… 日之影ソラ @hinokagesora

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