タラムの独白
最初に閣下にお目にかかった時、私がまず思ったのは、こんな貴族の少年に私の教える「任務」がはたして務まるだろうか、ということでした。
陛下の直々の命令であっては断ることもできませんが、私は閣下には正直、一人前となる前に自らお命を絶ってしまう危険性すら感じていたのですよ。それほどまでに、私を見る黒い双眼は怯えておりました。
ええ、閣下としては気丈に振る舞っていたおつもりでしょうが、数多の汚れ仕事を潜り抜けてきた私からすれば、それほど閣下は頼りなく、そして純粋な、普通の15歳の少年でしかありませんでした。
ですから、閣下が私の教えたあらゆる「やり方」をいつしか覚え込み、立派に陛下の「道具」として立身出世していったご様子は、意外なものでした。
そして同時に私は、それを誇らしく思って良いものか、迷うようになっていました。気づいてはいましたから。閣下はただただ三十年の長きにわたる刑期を終えたいがために必死に働いているだけであって、そういうご自身のあり方に納得しようと日々努めつつ、結局は割り切れてはいなかったことを。
ですから私は閣下にいつしか同情するようになっていったのです。どうにか救われて欲しいと願うようになったのです。
ですが、師でもあり、そして監視役であるこの私がそのようなことを述べても偽善でしかないとは分かってはおりました。だからこそ私は閣下を支えつつも、自分の任務をも放棄せず、閣下の動向を逐一陛下に報告することもやめなかった。酷いことをしているという自覚はありましたよ。けれど私とて、平民の身分から陛下に見出された身の上です。抗うことなどできるはずはなかったのです。
ええ、私も弱い人間ですので。
それでも、閣下が最初の任務を終えた夜、私の私室を訪れてきた時は、ただただ、戸惑いました。たしかに私は、時に閣下を「わからせる」ために私室に呼びよせることはそれまで幾度もありましたが、それを快く感じているご様子は皆無でした。
それもそのはずです。私は閣下をひたすらに服従させるため、そのような扱いをしたのであり、そこに愛などはありませんでしたからね。
だけどあの夜、閣下は自ら私のもとを訪れた。そしてその暗く翳った瞳を見て、私は閣下の真意を悟りました。それは人として外れてしまったことをした我が身を痛めつけて欲しい、というお気持ちからだったのですね。そうでもしないと己が保てないほどに、あの時の閣下は思い詰めてらした。
けれど、告白することをお許しいただけるのなら、敢えてあの日から長い時が経ったいま、このことはお伝えしておきたい。
あの夜は、この私が唯一、閣下に愛を持って接した夜です。あなたの黒い双眼に溜まる涙を、心から痛ましく、また、愛おしく思ったただ一回の夜だったのです。
……こんなこと、いまさらでないと、言えませんよ。
ですが閣下、いまの閣下にはお分かりになるのではないですか? あの少女と出逢い、人間を愛することを知ったあなたには。
愛とは時に矛盾を抱え、複雑で欺瞞に満ちており、しかしながら、それに縋ることでしか人間は生き長らえない。
つまり……そういうことをです。
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