3-7【疵孕】



 虎馬憑き…… 


 その発現には悪魔が関わっていると噂されている。

 

 今のところ少女にその兆候は見られていない。

 

 見られてはいないが、少女の臓腑うちにはその不吉が孕んでいるのだと思うと、シスター和恵は緊張を禁じ得なかった。

 

 それでも聖母の慈愛と憐れみを思い、彼女は少女を強く抱く。

 

 少女もまた、ためらいがちにではあったがそのか細い手に力を込めた。

 

 シスター和恵もそれを感じ取り、ある種の覚悟を決めたその時だった。

 

 ばたん……と音がして、背後で木戸が開いた。

 

 二人が目を丸くして、なかば怯えたようにそちらを見ると、司祭礼服キャソックに身を包んだ初老の神父が同じく目を丸くして立っていた。

 

 手に握られたランプの灯が、揺れながら神父の横顔を照らし出す。

 

「一体何事ですか?」

 

 やがて神父はその姿勢のまま静かに口を開いた。

 

 我に返ったシスター和恵は慌ててあみの前に立ち、ほとんど叫ぶように神父に言った。

 

「神父様……!! 違うんです!! あみちゃんは、その……ご両親のことがまだ整理できていなくて、それで……」

 

 神父はシスターに歩み寄りその両肩に手を置いた。

 

「落ち着きなさいシスター和恵。誰もあなた達を責めてなどいない。落ち着いて。まずはゆっくりと深呼吸なさい」

 

「はい……はい……!! 神父様……!!」

 

 シスター和恵はコクコクと頷き、落ち着きを取り戻そうと努めた。

 

 いくらか鼓動がマシになってから、シスター和恵は再び口を開く。

 

「あみちゃんは、悪夢に悩んでいます……! それでお友達ともうまく馴染めず、ここで泣いていたそうなんです」

 

 神父はちらと少女の方に目をやった。

 

 キュッと躰を強張らせたのを見て取り、神父は穏やかな笑みを浮かべて言う。

 

「安心なさい。怒ってなどいませんからね? ここには君を虐める者はいない。少なくとも大人の中にはね? 子どもたちの中に、君を虐める者があったかな?」


 そう話す神父の目は、穏やかながらも油断なく少女の反応を観察していた。


 言外のメッセージを見落とすまいとするその目を見て、シスター和恵は改めて神父という立場の人間の深さを思い知る。



「私……夜中に叫んで目を覚ますんです……そそそれで……同じ部屋の子たちがががが……それを……それを真似して……」


 あみは過呼吸気味に泣きじゃくりながら言った。


 シスター和恵は再びあみをなだめるために、その背に腕を回し頭を撫でる。



 神父はしばらく考え込むと、あみの前に屈み込んでからゆっくりと話し始めた。



「ここには君と同じように傷ついた子どもたちが集められてくる。中には傷の痛みに耐えかねて、辛く当たったり、乱暴な振る舞いをする子もいるかも知れない……だが、その子たちも君と同じように苦しんでいるんだよ。だからどうすれば互いに愛し合うことができるか、私達は考え続けなければならない。キリストの愛に触れたならば、必ず解り合うことが出来るのだよ? そうなれば、その子たちとも友達になれる」


 

 シスター和恵はその言葉にある種の感銘を受け、思わず涙ぐんだ。


 涙を拭い、少女の方に微笑みながら目を向ける。

 

 するとあみはシスター和恵の修道着に顔を埋めたまま、ただ静かにコクリと頷くのだった。

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