3-6【信仰の灯火を携えて】


 もし………?


 幽霊を見つけたらどうしよう……?

 

 シスター和恵の胸に突如不安が巻き起こった。


 しかし件の木戸は目前まで迫っている。



 戻って神父様に相談したほうがいいだろうか……?

 

 恐れを見透かすように、月が雲に隠れて、礼拝堂に暗闇を運んだ。

 

 踏み出すことも、引き返すことも出来ない暗黒が立ちこめる。

 

 思わず息をするのも忘れて身を固くしていると、木戸の奥から啜り泣く声が聞こえてきた。

 

 ひっく……ひっく……

 

 思わず全身の毛が総毛立つ。

 

 背中には冷や汗が滲み、気がつくと首に下げたロザリオを反射的に強く握りしめていた。

 

 主よ……

 

 どうか端女はしためをお守りください……!!

 


 その時、マリア像の辺りでカーン……と何かが地面に落ちる音がした。

 

 その瞬間、泣き声はぴたりと止まり、あたりに再びの静寂が訪れる。

 

 

 主よ……聖母マリアよ……

 

 進めということですね……?

 

 

 シスター和恵は今しがたの不可解な音に信仰を見出し、木戸の奥へと進む覚悟を決めた。

 

 力がうまく入らない膝をぴしゃりと叩き、弱った心を叱咤する。

 

 息を整えてから、重たい木戸を薄く開くと、中からわずかにランプの明りが漏れ出してきた。

 

 備品を片付けておく物置部屋にこんな時間に人がいるとは思えない。

 

 シスター和恵は修道着の裾を握り、木箱の上に置かれたランプを手に取った。

 

 蝋燭の燃える臭いが郷愁を誘う。


 八角柱のランプの硝子がキラキラとしたか弱い光を暗がりに投げかけた。

 

 同時に埃まみれの物置の全容が浮かび上がる。

 

 白い布がかけられた備品の数々が、揺れるランプに照らされその影を踊らせる。

 

 シスター和恵は目を細めて、部屋の中を見渡した。

 

 ぐるりと見渡し顔を横に向けたその時、無表情な男が、彼女の真ん前に立っていた。

 


「きゃああああああああああああああああああ……!!」

 


「きゃああああああああああああああああああああああああ……!!」



 その叫び声に呼応するように、部屋の隅の暗がりからも悲鳴があがる。

 

 その叫び声はシスター和恵が叫び終えてなお、静まる気配がない。

 

 シスター和恵は何かに気づくと、叫び声の元へと駆け寄り、白い布を引き剥がした。

 

 

「あみちゃん……?」

 


 見るとそこには怯えきって涙を浮かべる少女がいた。

 

 

「あみちゃん……どうしたの?」

 

 シスター和恵はあみの背中を擦って優しく問いかける。

 

「シスターが叫ぶから、怖くなって……」

 

「ごめんね。生誕劇のお人形が知らない男の人に見えてびっくりしちゃったの」

 

 あみはシスター和恵を驚かせたという人形に目をやった。

 

 ガラス玉のような目と、ひげもじゃの顔。

 

 ペンキか何かで塗られた肌は、ところどころひび割れている。 


「あれはイエス様のお父さんのヨセフさんよ? びっくりしたけど、怖いものじゃないの」

 

 シスター和恵は優しく言った。

 

 あみはそれに黙って頷く。

 

「あみちゃん……どうしてここに? それもこんな夜中に……わけを話してくれないかな?」

 

 あみの表情が暗くなるの感じた。

 

 あみは俯き、ゆっくりと口を開く。


「怖い夢を見るの……それにお友達も……いないから……」

 

 大粒の涙を目に浮かべ、あみは絞り出すように言った。

 

 シスター和恵はあみを抱きしめて背中を撫でながら、調査資料の文言を思い出す。

 


 ・悪魔憑きになった父親が娘を庇った母を殺害。児童は母が殺害される場面を目撃している


 ・父親は駆けつけた祓魔師により児童の目の前で断罪される。

 

 ・児童のトラウマは著しく……

 



 

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