3-5【聖堂を彷徨う亡霊】

 

 シスター和恵は月明かりを頼りにソロリソロリと歩き出す。

 

 今しがた音がした重たい木戸のある方へ。


 緊張で肩に力が入る。聞こえてしまうのではないかと心配になるほど、心臓は激しく血液を送り出す。


 足音を忍ばせ息を殺していると、頭の中に子ども達との会話が蘇ってきた。



 本当に幽霊がいたんだ……!! 



 ✝



「あたし見たの。礼拝堂のマリア様のところで……」

 

 怯えた様子で少女がつぶやいた。


「見たって何を見たの? 紗理奈さりなちゃん」

 

 シスター和恵はシロツメクサのネックレスを編みながら少女の方に視線を向けた。

 

 紗理奈と呼ばれた少女は不安げに顔を上げて、いっそう小さな声で呟くように言う。

 

「お化け……」

 

「お化けぇええ!?」

 

 大声で繰り返すシスター和恵の口に、紗理奈は慌てて小さな手を押し当てる。

 

「しぃぃぃぃ……!! シスター声が大きいよ……!!」

 

 紗理奈は顔をしかめて周りを見回した。

 

 幸いなことに周囲に人はおらず、誰かに聞かれている様子はない。

 

「ごめんごめん……! それで? お化けってどこで見たの?」

 

「色んなとこ……トイレで泣き声が聞こえたり、夜中に足音も聞いたよ……? それに夜の大聖堂……あっ……」

 

 夜の出歩きは禁止されている。

 

 にも関わらずうっかり口を滑らせた紗理奈はしまったという顔をした。


 案の定シスター和恵は頬を膨らませ腕組みして言う。 


「もう!! 夜中に勝手に出歩いたのね!? ダメじゃないの!!」

 

「ごめんなさい……部屋のみんなも気になってて、こっそり足音の正体を突き止めようって……」

 

「それで?」

 

 シスター和恵は腕組みしたまま紗理奈に詰め寄った。

 

 紗理奈は観念したように詳細を語り始める。

 

「その夜も足音が聞こえたの。ペタ……ペタ……って……。それでみんなでこっそり部屋を出たら、廊下の奥に白い影がほんのり光ってたの……」

 

「あたしは怖かったからもう帰ろうって言ったんだけど……そしてらミッパちゃんが……」

 

 

『なに? 紗理奈怖いの!? お化けは聖なる力に勝てないんだよ? 怖がるなんて信仰が足りないんじゃない!?』

 

「って……みんなもそれで盛り上がっちゃって……白い影の後を追いかけたの……そしたら」

 

「消えちゃったの……!! 白い影が礼拝堂に入って消えちゃったのよ……!!」



 涙目で訴える紗理奈にシスター和恵は眉をひそめて言った。 


「本当に消えたの? 別の部屋に行っただけじゃないの?」

 

「絶対違う!! だって、奥の扉は鍵が掛かってたし、入口から入るところをあたし達ちゃんと見たもん!! 同じ入口から中に入ったのに気づかれずに出ていくなんて出来っこない!!」

 

 シスター和恵は考え込んでからため息混じりに言った。

 

「わかった。私が調べてみるよ。そのかわり! もう夜中に出歩かないって約束して!」


 それを聞いた紗理奈は目を輝かせた。


 しかしすぐにシスター和恵は人差し指を立てて付け加える。


「それと! 今度皆もお説教だからね?」

 

 紗理奈はがっくりと肩を落とし、力なく頷くのだった。

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