0-20【出口の無い悪夢】

 

 犬塚が消え入るような声でそう呟き、薄暗い資料室に真白の息を呑む音が染み渡る。

 

「その夜、皆が寝静まった後……俺は……あの男を殺したんだ……自分の意思で。明確な殺意を持って」

 


「それは違う……!!」

 

 気がつくと真白は机に両手を突いて立ち上がり叫んでいた。

 

「その人を殺したのは先輩じゃない……少なくとも先輩の意思じゃない……!!」

 

 犬塚は目を見開き真白を見つめると、フッ……と表情を緩めて笑った。

 

「誰かさんにも同じことを言われたよ。それに……」

 

「仮に同じ目にあったガキがいれば、俺も同じことを言うだろう」


 犬塚の目に僅かに火が灯り、そしてまたすぐに消えてしまった。


「だが……消えないんだ。忘れられないんだ。手に残る感触が。光を失っていくあの男の目が。そして確かに……俺が殺したんだという実感が……」

 

 

「それが悪夢の元凶……」



 真白は言葉を選びながら静かに呟いた。


 しかし犬塚は自嘲気味に首を振り、答える。

 

「いや……ここから始まったんだ……本当の悪夢が」

 

 

 その時、何処かから迷い込んだ一匹の蛾が、電気スタンドの照明にぶつかり鱗粉を撒き散らした。

 

 それにちらりと目をやった犬塚は、前触れ無く立ち上がってスタンドを消してしまう。


 暗くなった部屋には僅かなブラインドの隙間から乾燥した西陽が滑り込み、かろうじて資料室の中を薄闇に留めていた。


 もうじき本当の夜が訪れる。


「すまない。長くなった……続きはいずれまた話す。ダセえ話だが、俺はいまだに夜驚症が治ってねえ。だから話しておきたかった」

 

 犬塚はそう言って資料を元の棚に戻すと出口の方へ歩き出した。

 

 出口の扉は、外の世界から漏れる明りに縁取られ、残酷なほど白く輝いている。



 先輩の目にこの世界は、一体どんなふうに映っているのだろうか……

 


 真白はただ黙って、部屋を出る犬塚の後に従った。

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