0-18【秒針】


 その夜は満月だった。


 いつにも増してベッドは激しく軋み、鳴り止む気配はない。


 青白い月明かりに照らされた母は、白く長い手足を男に絡め、貪るように唇を重ねている。


「もっと激しく……激しくして……!! 奥まで来て……!!」


 その言葉で男は母の首に手を当てると、ゆっくりと締め付けた。


 紅潮した母の口元から、ねっとりとした粘液のような涎が垂れ下がる。


 男が手を離すと、母は激しく呼吸を再開し、再び男にしがみついて嬌声を上げた。


 体液にまみれ、ぬめる二匹の獣の狂宴を、少年は息を殺して見つめている。


 今度は四つん這いになった母に、男が腰を打ち付けるたび、ぬっとん……ぬっとん……と肉を打つ湿った音が部屋に木霊した。




 じくじくとした得体の知れない疼きにも似たナニカ……


 それは少年の下腹に溜まり、呼吸する度に膨らんでいく。



 それが何であるかのを少年は知らない。


 酷く淫靡で穢らわしく、悍ましい。


 そのくせ目を離すことが出来ない魔力を秘めたを見つめる少年の手には、硬質な殺意がきつく握られていた。



 やがて母の喘ぎ声が途絶えると、男はその隣にごろりと横たわる。

 

 闇の中にライターの火が揺れ、赤い点だけがぽつんと取り残された。

 

 漂ってくる煙草の臭いを嗅ぎながら、少年は息を潜めてじっとしている。

 

「ねえ? これからどうする?」

 

 母の囁く声が聞こえた。

 

「決まってんだろ……ガキをバラしてずらかる……あの神父にガキがチクる前に……」

 

「もう! 聞こえちゃうよ?」

 

「どうせ意味なんてわかんねえよ」

 

「どうだろうね……」

 


 そう言った母がこちらを見て笑ったような気がした。

 

 しかし男は気にも留めず煙草を吹かしている。

 


 やっぱりこのままじゃ殺される……

 

 窓の外から差し込む月光が煙草のけむりに実態を与えていた。

 

 霊の揺らめきにも似た、幽体じみた青白い影。

 


 あの息の根を止めなければ……

 

 

 いつの間にか引き返すための扉は閉ざされていた。

 

 細い道は闇に飲まれ、振り向けば奈落がぽっかりと口を開けて少年が転がり落ちるのを待っている。

 

 ゴミに埋もれて何処にあるかもわからない時計の秒針が鳴る音以外、聞こえる音は何も無い。


 チクタク……チクタク……


 チクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタク

 チクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタク

 チクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタクチクタク



 ……チクタク……



 実際には十数分にも満たない時間だったが、少年にとっては永遠のように感じる時が過ぎ、とうとう男の寝息が響き始めた。

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